500ページの夢の束 : 映画評論・批評
2018年8月28日更新
2018年9月7日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
自閉症の主人公がスタトレ愛で突き進む!映画好きの心に響くロードムービー
天才子役姉妹がそれぞれのキャリアを順調に歩み、天才女優姉妹へと進化中のダコタ&エル・ファニング。姉のダコタ・ファニングが今回選んだ作品は、自閉症のウェンディが主人公のロードムービーだ。
唯一の肉親である姉と離れ、サンフランシスコに近いベイエリアの自立支援ホームに暮らすウェンディは、曜日ごとに着るセーターを決め、タイムスケジュール通りにきちっとタスクをこなし、平穏な日々を送っている。冒頭で、ウェンディの日常がポップかつテンポ良く紹介されることで、観客は病気を抱える主人公にスッと寄り添うことができる。これは、「セッションズ」でポリオ患者の性生活に爽快に迫ったベン・リューイン監督だから為せる技だろう。
この物語の推進力となっているのは、ウェンディの「スター・トレック」への愛情だ。彼女は「スター・トレック」の脚本コンテストのために、500ページの脚本を完成させる。郵送では締め切りに間に合わないため、施設をこっそり抜け出して、ハリウッドの映画会社へと向かう。旅の資金は、“スター・トレック博士”の異名をもつ彼女が、作品に関する知識比べで手にいれた掛け金だ。
自分に渡ることを禁じていた信号を初めて渡り、自力で長距離バスのチケットを購入するなど、“スタトレ愛”を武器に、次々と“初めて”を更新していく。しかし、外の世界に1人で出たウェンディは誰からも守ってもらえない。(スタトレニットを着た)愛犬ピートを乗車させたことが運転手にバレて路上に放り出され、チンピラに現金を強奪され、バスの乗車券を買い直すこともできない。それでも「脚本を映画会社に届ける」というスタトレ愛が彼女を突き動かす。
懸命の捜索を続けるウェンディの姉や、彼女を担当するソーシャルワーカーのスコッティにとって、手がかりになったものも「スター・トレック」だった。しかも、スコッティは息子との関係に悩んでいたが、ウェンディが書いた脚本を通じて、「スター・トレック」好きの息子との距離がぐっと縮まるのだ。そして、ウェンディを保護した警察官もまさかのゴリゴリのスタトレオタク…!
フィクションへの情熱が人と人をつなぎ、現実を生きる力になる。今年公開された「ブリグズビー・ベア」に通じる、「映画が好きで良かった」と思えるハッピーな映画がまたひとつ誕生した。
(須永貴子)