劇場公開日 2018年11月16日

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バルバラ セーヌの黒いバラ : 映画評論・批評

2018年10月30日更新

2018年11月16日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー

ジャンヌ・バリバールの憂愁をたたえた、はかなげな美しさが印象に残る

1950年代からシャンソン界の女王として名声を誇ったフランスの伝説的歌手バルバラを描いた作品である。しかし、たとえばエディット・ピアフの悲惨と栄光の生涯を波瀾万丈のメロドラマとして謳い上げた「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(07)のような伝記映画を期待すると、たぶん肩透かしを食らうだろう。

監督のマチュー・アマルリックは、バルバラを演じるブリジット(ジャンヌ・バリバール)が、まさに今、撮影されつつある映画の中で、バルバラに憑依し、反撥し、安易に同一化する幻想が打ち砕かれるさまを、現実とフィクションを意図的に混淆させる〈入れ子構造〉のスタイルを導入して生々しく描出している。アマルリックは監督役を自ら演じており、かつての妻で、二人の子供をもうけたジャンヌ・バリバールとの関係も、このメタ・フィクション的な見立てを持つ映画のなかで微妙な影を落としているのは見逃せない。

バルバラはユダヤ人として生まれ、ナチスの占領下の少女時代には迫害を受けた。「黒いワシ」に秘められた父親の近親姦の傷跡、晩年にはエイズ禍騒動の際にも果敢に闘ったが、映画は、彼女の生涯を彩るドラマチックなエピソードにはほとんど言及しない。

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「ナントに雨が降る」「いつ帰ってくるの」…バルバラの歌には棄てられた女の未練を、不思議な倦怠感と魂のふるえとして表出させた絶唱が多い。ジャンヌ・バリバールは、歌や身振りを介して、バルバラという稀有な芸術家の抱えた謎めいた内面世界を、解けない謎そのものとして慎ましやかに提示する。

かつて天才歌人・塚本邦雄は、秀逸なバルバラ論で次のようなオマージュを捧げた。

「しかし彼女もまた恐らく十五年に一人、五十年に三人の天才といってよかろう。……エクセントリックな彼女の声は、二十世紀の黄昏にひりひりと沁み渡る。世の終わりのための優雅な挽歌を、彼女は人々に献じてくれたのだ。」

見終わると、ジャンヌ・バリバールの憂愁をたたえた、はかなげな美しさが印象に残る。そして画面の奥からは、「世の終わりのための優雅な挽歌」がたしかに聴こえてくるのだ。

高崎俊夫

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