「楽しい映画」引っ越し大名! 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
楽しい映画
楽しい映画である。役と役者の相性がいいから物語の設定が無理なく頭に入って来る。プロットが解りやすくて冒頭を少し観れば凡その結末まで見通せるので、あとはひとつひとつのシーンを愉しめばいい。水戸黄門みたいなものだ。
J-POPを聞くことがないから星野源はテレビドラマ「逃げ恥」で初めて知った。気が弱くて優柔不断だが、仕事では非常に優秀なSEの役で、役にピッタリ合った演技ができていた。本作品で演じた主人公も、「逃げ恥」と同じような感じの性格の役である。だからまたしてもピッタリとはまっていた。今後は流石に二枚目の役は難しいだろうが、普通に見えてどこかエキセントリックな人物なら、善玉でも悪玉でも上手に出来そうである。
高橋一生がこういう豪傑と言うか、いたずら好きのガキ大将がそのまま大人になったような役を演じたのははじめて観た。ボソボソと台詞を喋るイメージだったのに、本作品の鷹村の役ではこれまでの演技とは打って変わって野太い声が出ているし、動作も大きい。泣くのも笑うのも酔っ払うのも豪快だ。もはや線の細さなどどこにもない。こちらも名演技である。
高畑充希が演じた於蘭の役は意外に難しい役である。この立場の女性が主役たちに絡むには、脚本が強引すぎる。それを百も承知で力技で役にしてしまった。高畑充希には場の雰囲気を全部持っていくようなところがある。他の女優さんでこの役ができそうな人をあれこれ考えたが、思い浮かばなかった。それほどはまり役だったということなのだろう。
将軍は綱吉と言っていたから、関ヶ原の戦いから少なくとも80年以上が経過している。現代史で考えるなら1945年9月2日の降伏記念日から74年経過した現在と同じくらい、戦の記憶が遠くなっていたと思う。現代とは時間の流れが違うから一概にいえないかもしれないが、たとえば山口百恵などが花の中三トリオでデビューしていた頃はまだ敗戦から30年である。たった30年経っただけで、もはや日常には戦争の影はなかった。情報の伝達速度が遅い時代だったとはいえ、綱吉の頃にはもう天下泰平が世上に広まっていたのではなかろうか。この映画の製作者の見方も多分同じだと思う。作品の雰囲気が全体におっとりしている。
当時はお家というパラダイムが絶対で、藩=国が武士の奉る対象だ。日本という国家についてはそれほどのこだわりはない。権力闘争は常にあるが、大義名分に逆らえば切腹である。そのあたりは世界中で変わらないようで、旧ソ連やロシアでは粛清という名で処分されていたし、日本の過激派だったら自己批判というリンチがあった。テロ組織内部も似たようなことが起きていると想像できる。民主主義は人類にとってまだまだ遠い道のりである。
しかし今のところ日本では「新聞記者」「主戦場」「日本鬼子」「東京裁判」「カメジロー」「誰がために憲法はある」などの比較的反体制の映画も普通の映画館で上映されている。言論の自由はまだそれほど損なわれていない。しかしそういう映画は精神的にかなり応えるので、こういうほのぼのしたコメディもたまにはいいと思う。とても面白かった。