あなたはまだ帰ってこない : 映画評論・批評

あなたはまだ帰ってこない

劇場公開日 2019年2月22日
2019年2月12日更新 2019年2月22日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー

映像のポエジーで女の本質を立ち昇らせる、惚れ惚れするほどみごとな演出

マルグリット・デュラスの観念的な小説は、決して映画化しやすいとは言えない。とくに本作の原作である「苦悩」は、1944年、ナチ占領下のフランスで、レジスタンスの夫を捕らえられたデュラスの苦悩が綴られた自伝的な手記であり、小説のような物語的構造とは異なるため、その内面的な世界を映画に翻案するのは困難だったに違いない。

だが、ジャン=リュック・ゴダールクシシュトフ・キエシロフスキーに師事していたエマニュエル・フィンケル監督は、戦時中の空気を反映した重く垂れ込める空気と、じりじりする緊張感のなかで、ひたすら主人公(メラニー・ティエリー)を見つめることでその一人称の世界を掬いとり、デュラスの筆に拮抗する映像のポエジーを生み出している。

実際この映画にはなんとクローズアップが多いことだろう。彼女のうつろな瞳、苦悩に陰る横顔、タバコを吸う仕草、無防備に官能を差し出すうなじ。それらを見つめることで、カメラはあたかもその奥にある彼女の内面を映し取ろうとするかのようだ。

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マルグリットは捕らえられた夫の安否を思い、ひたすらその帰りを待ち続ける。ゲシュタポの手先の刑事(ブノワ・マジメル)が夫の情報を餌に彼女を誘惑し、レジスタンスの仲間の忠告にも拘らず、彼女は刑事と会い続ける。何が嘘で何が本心なのか。ひとときも目が離せない探り合いのゲームが続く。

真骨頂は、戦争が集結しパリが再び喜びに溢れかえるときだ。依然夫の帰りを待ち続けるマルグリットには、巷の喧騒は異次元の世界であり、祭りの華やぎも人々の笑いも届いてはこない。ひとり置き去りにされたかのような彼女の孤独を、フィンケル監督は陽炎のように揺らぐソフトフォーカスと音響で表現する。

とはいえ、デュラスのヒロインを単純化してはならない。彼女はただ「愛する人を待つ女」なのではない。待つという行為がもたらす苦悩に身を浸すことで、彼女は日々を生き延びる。苦悩はもはや彼女にとって、生きる術であり、なくてはならないもの。その悲劇の陰はまた、奇妙な官能性を帯びて周囲の男たちをも刺激する。果たしてそのことに彼女がどこまで意識的であったのか。

息をのむほどに残酷な幕切れも含めて、デュラスの描く女の本質を考えさせる、惚れ惚れするほどみごとな演出である。

佐藤久理子

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