劇場公開日 2018年8月4日

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2重螺旋の恋人 : 映画評論・批評

2018年7月17日更新

2018年8月4日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー

40年代フィルム・ノワールを引用しながらも発揮される、オゾンの類い稀な現代性

フランソワ・オゾンは今のフランス映画界で、先鋭的で豊潤な作家性と商業的な成功を両立させた稀有な監督といってよいが、新作「2重螺旋の恋人」も一筋縄ではいかない、ミステリアスな語り口で、見る者を揺さぶり、大いに攪乱させる。

パリに住む若い独身女性のクロエ(マリーヌ・ヴァクト)は原因不明の腹痛に悩まされ、精神分析医のポール(ジェレミー・レニエ)を訪ねる。通いつめる中で、恋に落ちた二人は同居を始めるが、ある日、クロエは街中でポールと瓜二つの男を見かける。男はポールの双子の兄で精神分析医のルイだった。疑念を抱いたクロエは偽名を使い、ルイのカウンセリングを受けるようになるが、優しいポールとは対照的な傲慢で粗暴なルイに惹かれ、ついに一線を越えてしまう――。

双子の片割れが青年期に起こした事件の謎、その被害者となった女性の母親(ジャクリーン・ビセット)のあまりに狂信的な振る舞いの背景には何があるのか。映画は、当初、クロエの視点に寄り添うかのように見えて、次第に、多層的な視点が交錯し、絡まりあう、ミス・リードすれすれの妖しい企みが物語の布置にじわりじわりと浸透してゆく。

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あたかもポールとルイはクロエにとって、精神と肉体、理性と欲望、抑制と快楽、エロスとタナトスという二項対立を体現しているかのようであり、クロエはその両者の間で分裂に晒され、身心ともに崩壊寸前まで追い込まれて、ある決断を迫られるのだ。

原作はノーベル文学賞候補にも挙げられる米の女流作家ジョイス・キャロル・オーツの短篇だが、オゾンがインスパイアされたのは40年代ハリウッドの悪夢的なフィルム・ノワールである。とくに心理学士が殺人犯の容疑をかけられた双子の姉妹(オリヴィア・デ・ハヴィランド)の真相を追うロバート・シオドマクの「暗い鏡」(46)は、モチーフが酷似しており、もっとも深い霊感源となったのは間違いない。オゾンは、さらにクライマックスで、鏡像としての寄生性双生児を破損させる大胆な視覚化として、ひび割れた鏡のイメージをオーソン・ウェルズの「上海から来た女」(47)の鏡の間の幻惑的な銃撃シーンから引用している。ただしリタ・ヘイワースのような破滅的なファム・ファタールではなく、つつましいヒロインの官能を幻視する魅惑的なドラマとして着地させたところに、フランソワ・オゾンの類い稀な現代性があるのだ。

高崎俊夫

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