「死は常であるが故に苦」A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
死は常であるが故に苦
新居に越してきた子供のいない夫婦(ケーシー・アフレック&ルーニ・マーラ)。ポルター・ガイスト現象にたびたび悩まされていた2人だが、ミュージシャンの夫Cが突然の事故死。病院の死体安置所でむっくり起き上がったシーツを被った幽霊くん、そのまま家に向かい家の地縛霊となるのだが…
出演俳優はほぼ2人だけ。ほとんど台詞のないシナリオと、地縛霊と化したケーシーが無言で家の中を歩き回るだけという斬新な演出。一見夫Cの幽霊が残された妻Mを見守り続ける『ゴースト/ニューヨークの幻』的なロマンチックドラマのようにも見えなくもないが、トーンはいたって暗く、テーマは見かけ以上に深い。
冒頭宇宙の映像が映し出されるのだが、宇宙、神、生命の謎に通底する本作真のテーマの伏線ともなっている。仏教にある程度の知識を持っている方ならば、諸行無常を受け入れられず執着のはてに彷徨を続ける霊魂を描いている本作に、少なからず共感を覚えられることだろう。以下ネタバレをQ&A形式で紹介しているので興味と時間のある方はどうぞ。
①なぜスタンダードサイズなのか
時代設定が現代よりもちょい昔の70年代ぐらいを想定しているため、それに合わせた演出かと思われます。監督によれば過去に執着する幽霊のせまくなった視野を表現したらしい。
②なぜ登場人物に名前がないのか
人間を超越した存在を暗示しているのでは。死んだCの幽霊というよりは、ある霊魂が輪廻転生を繰返し生まれ変わった姿がCだった。そう考えると古いピアノや家の歴史にCが拘っていた理由がなんとなく理解できるのです。ちなみにMは先住民に殺された少女の輪廻した姿だったのかも。
③何を決めかねていたのか
引っ越しどうこうはミスリード。妊娠したMが出産するか中絶するかを夫婦が決めかねていた気がします。Cが死んだ後不動産屋が用意したパイを(異常な食欲で)バカ食い、(つわりで)おう吐したこと{貪}にも合点がいきます。
④なぜ突然交通事故が起きたのか
前夜に引越を決めていた夫婦をこの家に引き留めるため、この場所離れることができない地縛霊が故意に起こした事故だった可能性が。なんたって途棚を開けて皿を何枚もぶち割る{瞋}ほどのパワーがあるのですから、事故を起こすことなど朝飯前でしょう。
⑤着いたり消えたりするランプ
煩悩を生む原因として執着の他にもう一つ。それが無明。暗闇の中で自分が何物かもわからずもがいていた幽霊が灯明によって進むべき道を照らされる。いかにも仏教って感じですよね。
⑥タイムスリップ
肉体がなければ時間も存在しない。テレンス・マリックやキューブリックの映画に本作が例えられるのは、この地縛霊が時間を一気に飛び越えたり、大昔に遡ったり、更にはもう一度ループしたりすることができる、ある意味人間を超えた存在だから。もう一人の自分を傍観するシーン、どこかで見た気が…
⑦ベートーヴェンの話
預言者とテロップされた男がパーティ席上でしったかぶりで話す{癡}このシーンがこの映画の核心部分。世に生きた証を残すため何度も何度も輪廻転生を繰り返す人間だが、太陽の赤色巨星化や宇宙のビッグ・クランチにより、いつかは全てが無と化す日がやってくる。生は無常であるが故に苦であり、死は常であるが故に苦なのです。
⑧メモには何が
監督はその場に合った言葉を適当に書いてくれとマーラにお願いしたらしい。新しい男の子供を宿したとかその手のことが書かれていたのでは。向かいの地縛霊が待つのをあきらめて消滅したように、この世に生きた証を何一つ残せなかったことに気づいた地縛霊は、三大煩悩を振り払い執着を捨て世の無常を悟ることによって“無”となったのでしょう。メモを書いている瞬間にタイムスリップして横から覗いていれば、こんなに時間をかけなくても済んだのに…なんて姑息なことは考えてもいけないのです。