「独特のテンポで紡がれる教訓的世界」幸福なラザロ しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
独特のテンポで紡がれる教訓的世界
実話の詐欺事件を下敷きにしているとの情報で、もっとストレートな社会派作品かと思いきや、かなり寓話的、教訓的。昔話か説話のようなおとぎ語だった。
封建的な搾取から、正義と法により華々しく開放されたかに見えた村人達は、経済社会という新たな逃れようのない搾取の構図に放り込まれただけ。同じく貧困に苦しむ姿であるのに、前半の自然の豊かな色彩に対し、後半の都市の色褪せたモノトーン。追い詰められるように、盗み、騙し、他者を出し抜く事で生き抜こうとする村人達。そこでは、かつて搾取する側だった伯爵家の人々も、お金という幻に翻弄され落ちぶれるばかり。
その中で、ラザロだけが、姿形も心根も一貫して変わらない。欲しがらず、疑わず、ただ人の役に立ちたいとの、素朴な善意だけで動いているが、欲と損得が理の世界の中では、理解し難い人外の存在のように、その姿は奇妙に浮き上がってみえる。
人の富を損なう敵である狼も、何も持たぬ彼にとっては、恐れ憎む存在ではない。遠吠えで呼び交わし、都市の暮らしの内に郷愁と懐古を呼び覚ます。
彼には、人として当たり前の欲や疑念が、むしろ理解できないのだろう。きょとんと当惑して立ち竦む様は、愚かなまでに無垢で、けれど代償を求めるでも報われるでもなく、うねる我の群れに呑み込まれ、ひっそりと潰えていくだけだ。
売って、買って、もっと売って、買うの繰返しである資本主義社会。何かがずれている、こんな筈じゃなかった、と何処かに違和感を覚えながら、脱却もできずに日々を送る現代人の一人としては、色々と刺さるところもあった。
これみよがしに声高に批判を叩きつけるスタンスよりは、象徴や比喩の中に疑問を呈して考えさせる手法が好みなので、面白く鑑賞できたが、宗教色の強い比喩や、欧州映画によくある唐突に放り出されるようなラストなど、難解な部分もあった。
ゆったりとした物語のテンポ、のっそりとしたラザロの動き。受ける感覚や後味も独特のものがあり、好みも評価も分かれそうな気がする。