帰れない二人 : 映画評論・批評
2019年8月27日更新
2019年9月6日よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
女優と監督の固い絆が、映画がみつめる愛の物語をみごとに裏打ちしている
例えばジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズ。吉田喜重と岡田茉莉子。いまさらいうのも気が引けるが、銀幕に咲く花と、その美を活かす才能の公私にわたる固い絆は古今東西、枚挙にいとまがない。
そんな監督+女優カップルの中でも21世紀の今、とびきりスリリングなふたり、ジャ・ジャンクーとチャオ・タオ。その最新コンビ作「帰れない二人」は、前2作「罪の手ざわり」「山河ノスタルジア」に続き劇的変化をくぐりぬける現代中国とそこに生きる人の歩みを大きな視点で切り取る。切り取られた歴史/物語の深みでまずは目を奪う。同時に香港ノワールや日本の任侠映画とも通じる渡世の義理と人情の世界をにらみジャンル映画としての端正な磁力もじわじわと差し出していく。
01年山西省大同に始まる男と女、ビンとチャオの愛の行路は06年三峡ダム建設の地での再会と別れを経て17年再び大同へと帰り着く。愛のため身体を張って闘い、義を通し、服役し、娑婆に帰るとそこはもう昔気質の価値観が通用しない世界となっていて――と、おなじみの前近代と近代の交代の劇を踏襲しつつ中国の変化を映し込む監督はまた、義を全うし愛に目をつむるチャオ・タオの、素朴な堅気の娘から裏社会を仕切る存在へと逞しく成長する姿に目をこらし、男社会とみなされる仁義の世界を逞しく生き抜くヒロインの映画をもしたたかにもぎとっていく。
「青の稲妻」で自由な生を象る蝶の刺青を身にとめていたヒロイン。「長江哀歌」で質素な開襟のブラウスに汗をにじませペットボトル片手に長江を旅して夫の薄い愛を空しく確認することになるヒロイン。かつて演じたふたりをこの新作で生き直し、その先をより濃やかな情感と共に体現するチャオ・タオのゆったりとした歩調にしなやかな細枝にも似た強靭さをたくしこんだ演技が光る。静かな表情の向こうに埋火にも似た熱さを抱えた女の孤高の美。そうやって輝く女優と輝かせる監督の共闘が、映画がみつめる愛の物語をみごとに裏打ちしている。
(川口敦子)