劇場公開日 2018年9月21日

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「コミカルな児童文学を骨太のヒューマンドラマに昇華させた傑作」若おかみは小学生! uttiee56さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0コミカルな児童文学を骨太のヒューマンドラマに昇華させた傑作

2018年10月14日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

楽しい

幸せ

長年に渡って子供たちに愛読されてきた児童文学のベストセラーを、原作のコミカルな雰囲気はそのままに、骨太のヒューマンドラマに昇華させた傑作である。
それも「大人の鑑賞に耐える」などというぬるいものではなく、むしろ大人こそが見るべき映画である。なぜなら、本作で描かれているドラマは「仕事を通じての人格的成長」だから。
本作は子供が見ることを前提に作られているが、観客を子供扱いしてはいないのである。

本作は、大人も感動できる子供向け映画にありがちな、原作の世界観を借用して監督が作りたいものを作っているというものではない。「死別した両親からの自立」という、原作に元々あるテーマでありながら、原作では現実的に描くことを意図的に避けていた部分を、映画ではメインテーマに据えて真正面から描いている。しかもその物語は、原作に元々ある設定を丁寧に掬い取って組み立てており、一見すると驚きの展開であるが、どう考えても論理的にこうなるしかないという見事なシナリオである。原作ファンにとってこれ以上のプレゼントはないだろう。

大人を対象とする映画でも、これほどの重いテーマを描くには相当な覚悟が必要なはずだ。だが本作は、それを子供向け映画として描き切った。未就学児には難しいかもしれないが、映画館では、主人公のおっこと同年代くらいの少女も、大学生くらいの青年も、いい年したおじさんも、みな号泣していた。

本作では、映画的省略の技法を駆使した見事な演出によって、このようなマジックを実現している。物語の始まりとなる悲劇では、視聴者に考える隙すら与えない突然のクラッシュ。宙に浮いている不思議な少年。空っぽのマンションに「行ってきます」と挨拶をして出かけるおっこ。たったこれだけのカットで何が起こったのかを説明し尽くしている。凡庸な映画であれば当然ある葬式の場面のような説明的描写は一切無い。それは単純に、無くても視聴者には理解できるから省略したというだけではなく、おっこの主観的記憶が飛んでいるから描写していないとも考えられる。この省略によって、観客は否応なしに何があったのかを考えさせられ、観客の意識はおっこの意識に同期していく。

この映画は全編がこの調子で進行していく。エンドロール含めてたった94分の上映時間に、可愛らしい(幽霊ではなく)ユーレイや魔物たち、一癖も二癖もあるお客さんたちとのドタバタといった、子供たちが大好きなものをいっぱいに詰め込んで、おっこの成長を描いていく。
彼ら不思議なものたちはおっこを見守る存在であり、魔法や超能力のような都合の良い道具は一切登場しない。困難を乗り越えるのはあくまでもおっこ自身の努力であるから、大人が見ても極めて納得感がある。
監督によれば、90分という上映時間は厳守であったそうだが、その制限があったおかげで、おっこの1年分の成長を90分に圧縮して叩き込まれたような視聴感を得られる作品に仕上がった。

他者の人生を圧縮して叩き込まれるような視聴感、自ら選んだ訳でもない人生を受け入れていくヒロイン像、アニメーションとして徹底的に突き詰めて画面を作っていること、辛いことがあっても幸せに生きていくことが死者へ報いることなのだというメッセージなど、『この世界の片隅に』に非常によく似ている。SNSでは『この世界の片隅に』を熱烈に支持した層から本作を支持する声が上がり始めたのだが、それも当然であろう。

大人が見ても子供が見ても、明日からの人生に、何かを持ち帰ることができる。なぜなら、本作のクライマックスで観客が目撃するものは、「人の人格の最も高潔な姿」だからだ。
良い映画は辛い現実を忘れさせてくれるが、素晴らしい映画は辛い現実に立ち向かう力を与えてくれる。本作はまさしくその「素晴らしい映画」である。有限の時間を人生から切り取って映画を見に行くのだから、「素晴らしい映画」を見るべきではないのか。この映画を見ないというのなら、他に見るべき映画など存在しない。

(以下余談)
・本作は、9月まで放送されていたTVアニメ版の映画化ではない。同じ原作を元に別々に映像化を進めた企画であり、制作会社こそ同じだが社内の別のラインで制作されている。キャストは概ね同じだがスタッフは監督以下全然違う。なのでTVアニメ版を見ていなくても映画の視聴には全く問題ない。
TVアニメ版は、より原作に忠実で、大人が見ると可愛らしくてほっこり癒されるストーリーである。

・本作は、子供をターゲットにしているはずなのに、子供には難しいのではないか、という声もあるが、可愛らしいキャラクターと楽しい演出で飽きることなく見られるはずである。楽しそうに見ている子供たちと、目を真っ赤に泣きはらした大人たち。これが本作の劇場での風景である。
公式サイトに載っている高坂監督のメッセージを見ればわかるが、本作は哲学的な考察に裏打ちされており、実は結構難しいことを語っている作品なのだ。もちろんそんなことが子供たちに理解できるわけがない。だが本作の「物語」は確実に子供たちに残り、今後の人生で辛い現実にぶつかった時の道しるべになるはずだ。

・本作を公開初日に見なかったことは痛恨の極みである。本作は直感的に面白そうだと思ったし、アヌシー国際アニメーション映画祭のコンペティション部門にノミネートされたことも自分の勘の正しさを裏打ちしていて、見る映画のリストに入っていたが、原作挿絵以上に目を大きくして可愛らしさを強調したキービジュアルの前に、劇場は子供たちでいっぱいに違いない、もう少し遅い時間の上映があったら見に行こう、最悪配信で見ればいいや…などと思ってしまった。その日映画館に来ていたにもかかわらず。
しかしあまりの傑作ぶりにTwitterではバズり始め、その一方であまりの不入りに上映を打ち切る館が出始め、しまった早く見に行かなくてはと焦り始めた2週目には台風襲来。
3週目にようやく見に行けたが、既にネタバレに出くわした後だった…

・本作に対する批判として「成長が描かれていない」というものがあるようだが、むしろ成長「しか」描かれていないように思う。原作が20巻かけてやろうとしたことを90分に詰め込むに当たって、主人公の成長を描くのに必要ない要素はすべて切り落としたという印象だ。

uttiee56