旅のおわり世界のはじまりのレビュー・感想・評価
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居心地の悪さから、大団円へ
見知らぬ場所、なぜ自分が今ここにいるかもよくわからず、周りからはじろじろと好奇の目で見られる居心地の悪さ。
打ち解けようとすれば、応えてくれるかもしれないけど、そんな前向きな気持ちになれない。ヒロインの行動に共感するわけではないが、屈託した感じはよくわかる。
しかし、劇場で愛の讃歌を歌うことを夢想するあたりから、ヒロインの想いやキャラクターが伝わってくる。
ラストは、丘の上での大団円。タイトルとともに、ピタッと決まって、後味はすこぶる良かった。
残念なウズベキスタン
生意気、自己中な女の旅日記。
いろいろな場面でムカつきます。
やぎをたった1匹で離すとかありえない。
飼い犬を山に離すようなもの。
わざわざ危険な場所に行くし、値段も確認出来ずに払うし、市場で猫を追いかける意味がわからない。
仕事中にはぐれたら、戻るでしょう。
仕事中の消防士に電話して繋がるほうがありえない。
ムカつきます。
脇をかためた男性3人がそれぞれ個性的なので、許せた感じです。
ウズベキスタンのイメージを悪くしたいのか?と思ってしまう内容。
なぜオペラハウスに行かずに市場に行くのか?
あそこは出さなきゃダメでしょう。
もう少し歌の上手い女優はいなかったのか?
誰が聞いてオーディション落ちるでしょ。
いろいろ残念でもったいない映画でした。
不思議な感じ
不思議な映画。ウズベキスタンの雰囲気が何となくわかった。
本当の撮影もあんな感じだったんだろうね。切り替えの箇所、さすがあっちゃんという感じ。ディレクターの嫌な感じ、いい。あのぐるぐる回る遊具は、最初と二回目で最後のほうの動きが違う適当な感じが良かった。
ウズベキスタンの美しい風景の中で、淡々と物語は進む。そして主人公は...
ウズベキスタンの美しい風景の中で、淡々と物語は進む。そして主人公は一貫してウズベキスタンとの、世界との関わりを拒み続け、スマホの向こうにだけリアリティを見いだす。
そして訪れる3つの大展開。その大展開によって初めて世界と繋がろうとしてゆく…
ミニマルな語り口ながら、正直、黒沢清作品としては初めて波長が合った。特に二つ目の大展開の劇場のくだりは、その美しさに圧倒された。
異国の地で分かり合える喜び
好きな役者陣の厳しい表情に、特異なドライ感が漂い、そこに入り込むウズベキスタンの人々の好奇な視線…しかし、彼等の言動の根の部分には、殻を打ち破る事で始まる「理解の心」が植え付けられていて、そうした心に背中をさすられ、異国の澄んだ野山で解放されるエンディングは、“始まりの決意”に満ちていた。
ウズベキスタンのよさがでていない。
彼女にまったく気持ちが沿わなかった。
彼女の行動が理解できない。
オペラハウスの日本人捕虜の話も、つけたしのようにしかみえない。
なぜ、ウズベキスタンで撮ったのか、わからない。日本語が通じないアジアの国なら、どこでも良かったのでは。
ウズベキスタンの必然性を感じなかった。
ウズベキスタンの良さがでていない。
不思議な印象の映画。万人受けするとは思わないがでも良かったです。
最初、意に沿わない仕事で来たとは言えウズベキスタンの土地の人やスタッフと全く関わろうせず、拒絶するような姿勢を見せ仕事から戻ったホテルでは日本の彼氏とのSNSのやりとりでスマホの画面にしがみつく彼女には苛立ちしか感じなかった。偶然訪れた劇場で夢と現実の狭間を揺れるあたり、またその後撮影で訪れたバザールで撮影隊とはぐれ、警察に追われ街をさまようあたりから俄然面白くなった。取り調べを受けた年配の警察官から「コミニケーションをとろうとしなければ何も始まらないのではないか?」と諭され涙を流すくだりで「あぁそうだよな」と腑に落ちるとともに彼女の孤独感にも感情移入できてこちらも涙が出てしまった。これまで前田敦子にはこれといった印象はなかったが、この映画では凄く良かった。
ウズベキスタンはいい人ばかり
黒沢清監督の作品はこれまでにふたつ観た。ひとつは「クリーピー 偽りの隣人」で、もうひとつは「散歩する侵略者」である。どちらも普通に見える人が実は殺人鬼だったり宇宙人だったりするという話で、人は誰も仮面を被っていて仮面の下にはまったく違う素顔が隠れている、その極端な例を描いていたと思う。なかなか面白かった。
本作品はそれらとは逆に主人公の仮面の内側から世界を見ているようで、見知らぬ土地での不安や恐怖感を主人公と共有する。言葉がまったく通じない状況では誰でも疑心暗鬼になって他人の悪意を疑ってしまう。街なかは常に小走りだったり、何かを言われると必ずノー!と言ってしまったりするのは殆ど条件反射である。
それでも仕事となると話は別だ。バラエティ番組のリポーターとしての役割をよく自覚している主人公は、カメラが回った瞬間に気持ちを切り換えて肯定的な言葉を連発する。仕事とは人格と時間をスポイルされることである。不味くても美味しい、気持ち悪くなる遊具を楽しいと、笑顔でリポートする。テレビに真実は要らないのだ。そしてそういうところにこの映画に漂う徒労感と無力感がある。不愉快に思う観客もいるだろう。
しかしそれこそ本作品の狙いなのではなかろうか。意味のない虚しい現実を描き、そこに放り込まれた主人公の葛藤を表現することで、ラストシーンが救いになる。中央アジアの美しい山々は、旅の終わりと言うに相応しい。ここから主人公の新しい人生がはじまるのだ。
主人公を演じた前田敦子は「さよなら歌舞伎町」での演技はそこそこだったが、本作品の演技はとてもよかったと思う。ときに弱くときに強い女心の気まぐれを上手に演じていた。
脇役陣は達者な人ばかりで、それぞれなりに主人公を見守る。特に染谷将太がかなりの好演で、企画をゴリ押しするテレビマンもそれなりに心の闇を抱えていることがよくわかる。この人は「さよなら歌舞伎町」でも斜に構えた青年を好演していた。
たくさんの消防士が死んでも彼氏だけが無事であればいいのかというツッコミはひとまず横に置いておくとして、愛の讃歌がエディット・ピアフの原詞に近いほうの訳詞で歌われていたのはこの映画に合っている。この歌が選ばれたのは原詞のbout du monde(世界の果て)からきているのだと思う。そしてウズベキスタンは、パリから行くとしたらまさに地の果てであり、日本から見ても遠い異国の地である。今後はウズベキスタンと聞くとこの作品のイメージが浮かぶことになるだろう。穏やかな通訳の男性、ちゃんとした料理を作ってくれた食堂のおばちゃん、それに紳士的な警察官。「ウズベキスタンはいい人ばかり」という主人公の台詞を信じてみたい気がする。
ヒロインの行動にいちいち共感できない
●飼いやぎを野生に放して生きていけるんかーい!
●そこまでビクビクしてるのにスカートで外出かーい!
●さわりだけ歌ってって頼んでるだけで、ガチで歌えって言っとらんわーい!
●WIFIつなぐために署長追い出すんかーい!
などなど、いちいちヒロインの行動や言動に共感できず。
何より彼女は無意識に歌手>レポーターと思ってるのでは?
やぎを飼ってたおばちゃんのしたたかさのほうがよっぽど共感できた。
でも、ウズベキスタンの風景は見事でしたよ。
主人公の行動?
人と接触を嫌がる割には、スタッフが食事に誘っても一人で食べると言い、単独で外に出掛けるし、リポートですよカメラ持って仕事中なのに子供のように歩き回り猫を追いかけ迷い人!警察官をまるで不審者のように怖がり逃げ出す始末?なんか気持ちが理解できなかった。
黒沢作品は、芸術性の高い難解な作品だ
作品の「核」が判らないのだから、評価が出来ない。評価は、けして「星、ゼロです。」という意味合いではない。
黒沢清監督作品だ。「岸辺の旅」以来だろうか。彼の難解な作品にチャレンジ!
昨夜、映画「東京物語」を久しぶりに観た。小津監督の作品が大衆向きであるのに対し、黒沢氏の作品は、芸術性の高い作品と言える。やはり、よく判らない作品だった。私は、この作品が何を言いたいのか皆無だ。ラストの葉子の歌う「愛の賛歌」とウズベクの雄大な自然が上手く調和しているなと感じたぐらいで。どうして「愛の賛歌」を歌ったのか、「山羊は、果たしてオークであったのか」は意味不明。キャスティング、音楽は非常に良かった。「トウキョウソナタ」の時もドビュッシーの「月の光?」が非常に良かった気がする。
誰のどんな世界がおわり、誰のどんな世界がはじまったのか。??? ドキュメンタリー製作のために最低でも、ウズべクに行ったのは判った。黒沢作品は、どうしても「何を言わんとしているか。」観終わっても謎。「映画とは、誰が見てもなにがしかの印象を与える大衆向けの娯楽の一つである。」という持論を、180度覆す作品ばかりである。私のような凡人向きではないということか。判らないなら観なくてよいと謳っている作品ばかり。それなりに、世界でも評価されているから評価すべき作品群なのだろう。
通訳を介しての会話は、映画の流れを非常に削ぐものだと感じられた。誰か一人英語が話せる日本人を通訳として 雇うべきではないか?
個人的に作品中に葉子がやたらスマホを打つ場面があるが、私は、日頃から、スマホのキー打音が大っ嫌いなので、ここには非常に不快。葉子はウズベクにははじめてである設定だと思うが、真夜中、何かを買いに、そんなに迷う気配を感じさせないまま裏路地を行き来する場面も、作品上の必要性が判らない。が、作品の流れと繋がらないところが不快。一番酷いのは何度も葉子が乗せられた「回転ブランコ」の場面。終盤、実際新潟地震が起きて日本人が不安の渦中の中、なぜだか東京湾で工業地域のコンビナートで大火災とは大胆、人災なので批判するつもりもない。しかし、このタイミングで上映すべきだったのだろうか。
鬼か!と
旅情に不穏感を混ぜ込んだような空気の中で、主人公の前田敦子の佇まいが印象的でした。
怯えたような、気丈なような、張り詰めたような、異国での孤独な存在感が出ており、良かったと思います。
バラエティー番組海外ロケ現場のお話として、シニカルなユーモアも感じました。
遊園地ロケではさすがに、染谷将太ディレクターは鬼か!、と思ってしまいましたが。
また、慌ててWi-Fiの繋がる場所を案内してもらうくだりも、緊迫したシチュエーションながら、その部屋?親切過ぎる!と、なんだか笑ってしまいました。
様々な出来事を経て、張り詰めていたものが和らいでゆくような感じで、ラストは爽やかな和らいだ気持ちになりました。
黒沢清監督作は、ホラー系ばかり観ていたのですが、こんな爽やかな気分にさせられるとは、意外でした。
旅のおわり世界のはじまり
落ち込んでいる時、人生うまくいかないなあと感じている時に観たい映画です。前田敦子ファンではないですが、十分に楽しめました。
仕事がうまくいかず、休日、家にいるより映画でも観に行こうと出かけ、「アラジン」か「メン・イン・ブラック インターナショナル」を観よう思っていたのですが、チケット売り場でエンターテイメント性の高い映画の気分ではなかったので、「旅のおわり世界の始まり」のチケットを買いました。
何気ない、淡々とした内容ですが、ゆっくりのんっびり映画を観ている気分に浸ることができました。最近の映画なら「愛がなんだ」が面白かった人にはお勧めです。TBS-TV「世界ふしぎ発見」が好きな人にも。映画の中で「愛の讃歌」の歌のシーンが2回あり、前田敦子さんが特別に歌がうまいわけではありませんが、単純に良かったです。「愛の賛歌」の唄が凄いだけかな。
客層は老若男女、バラバラでした。
画と女優。これで十分だろう
テレビのバラエティ番組のロケでウズベキスタンを訪れたレポーターの葉子(前田敦子)。
スタッフは、監督、助監督、カメラマン、通訳兼現地コーディネータと小規模。
番組の主眼は、ウズベキスタンの湖に棲む2メートルを超す怪魚であるが、簡単には姿を現さない。
街でのレポートで尺を稼ぐスタッフたちであったが、葉子は日本に残して湾岸消防士の恋人のことと、帰国後に開かれるミュージカルのオーデションも気になる・・・
といったところから始まる物語で、ま、簡単いえば、異国の土地で自分を見つける若い女性のハナシ。
と書いちゃうと、目新しさはない。
バラエティ番組の海外ロケの裏事情、というのは珍しいかもしれないが。
なので、映画の中心はやはり主役の女性。
「不思議の国のアリス」ならぬ、「不思議の国ウズベクの前田敦子」で、町の小さな遊園地の宇宙飛行士の訓練用簡易装置のようなアトラクションに身体を張って何度も挑戦する様子など、黒沢清監督はヒロインをイジメるのが上手い。
そして、自分探しの様子を、スタッフたちから離れて、町を彷徨する葉子で描き、あちら側とこちら側の境界を、何度も道路を横断するというシーンで繰り返す。
それも、道路へ降りる際は、土手のような傾斜地になっているという念の入れよう。
こういうのを「演出」という。
で、もうひとつ、あちら側とこちら側を境界に「山羊」を用いる。
何の目的で飼われているのかわからないオスの山羊。
すったもんだの末、山羊を放つ(ジョン・アービングの小説『熊を放つ』を彷彿とさせる)。
その山羊は終盤に再び登場し、クライマックスの、これまた『サウンド・オブ・ミュージック』を彷彿とさせる最後のシーンへと繋がっていく。
画と女優。
これで十分だろう、なんの不足があるんだ、と自信満々の黒沢清監督の笑顔を、スクリーンの裏側に観たような気がしました。
夢と悪夢と迷宮と
広大なそして雑多な見知らぬ国を背景にとても小さな不安を抱えた魂が彷徨う超怪作。中央アジアの夏の日差しを受けて黒沢清監督の集大成にして新たなる旅立ちを高らかに告げる幻想譚。わけもなく涙がでるあのラストシーンにもう一度みたくなる。
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