「人生とは「小さな夜」の積み重ねなのだ」アイネクライネナハトムジーク luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
人生とは「小さな夜」の積み重ねなのだ
人生って素晴らしい。
人の繋がりって素晴らしい。
そして何より、
人は決して一人で生きてるわけではない。自分の知らない所で人と人はちゃんと繋がっているのだ。心からそう思える、優しくて暖かい映画だ。
劇中に多くの登場人物が登場するわけだが、そんなに特筆すべきエピソードがあるわけでもないし特に目立つキャラが居るわけでもない。主役は確かに三浦春馬君と多部未華子さんだが、常に彼らが中心というわけでもないし何か特別な事をするわけでも何かが起きるわけでもない。本当に「小さな事」の積み重ねだけでこの映画は成り立っている。結局のところ誰が重要人物とも言いずらく、役割の重要性も本当に全員に均等に分配されているようにも思える。ただ言えるのは、それぞれが小さいながらもしっかり「輝いている」のだ。そしてその輝きが集まると、気がつけば最後は美しい「流星群」になっているではないか。これまた「やられたなあ」と言うしかない。これも「伊坂ワールド」という事なんだろうか。本当に恐れ入りました。
名字に象徴される通り、佐藤は何の特徴もない平凡な男だ。役名でも下の名前すら与えられておらず(原作がどうかは知らないが)、親友の娘からも気安く「さとう~」と呼び捨てにされていて、その娘が高校生に成長しても相変わらず「佐藤」呼ばわりされていたのも笑った。特に男らしいわけでもセンスがあるわけでもなく、真面目さだけが取り柄の優柔不断ではっきりしない男だ。プロポーズする時もレストランで上手く言い出せず、店を出てから妙なタイミングでプロポーズしようとするが焦って指輪を取り出すのもたどたどしい。その姿に紗季も苛立ちを隠せず、挙句の果てに「10年付き合ったんだから」とつまらない事を言ってしまうもんだから、ついには紗季に出て行かれてしまうわけだ。うなだれる佐藤の姿が奥さんに出て行かれた先輩の藤間さんとダブって見える。藤間さんが言ってたように、何が決定的というより全ては「小さな事」の積み重ねなのだ。そんな小さな小さな出来事の積み重ねがまさに佐藤という男の「人生」を良くも悪くも示しており、それでも最後はそれこそが実を結ぶ事に繋がって行くという展開の仕方が見事だ。
紗季が乗るバスを必死に追いかける佐藤は泣いてる子供を放っておけずにバスを見失ってしまう。その姿を見かけた紗季はそれまで捉え所がないと思っていた佐藤という男の「頼りない」だけではない、彼の持つ人間としての「本質」に気付いたのだろう。そして紗季と再会出来た彼は自分の思いを伝えると返事も聞かずに彼女をまたバスに押し込み、そしてクシャクシャの笑顔で彼女を見送るのだ。この時、彼女の気付きは「確信」に変わったのではないだろうか。僕が女性だったら「この人を信じてみよう」ときっと思うだろう。このビックリするほど劇的でない展開に「佐藤はやっぱり佐藤なんだよな」と強く思うのだ。こんな何の変哲もない「夜」がいくつもいくつも積み重なる。これが「人生」なのだと。これは本当に沁みる話だなと思う。
よくよく考えてみると、この脚本はとんでもなく難しかったのではないだろうか。特徴的な人物も居らず、これといった見せ場があるわけでもない。強いて言えばウィンストン小野のボクシングの試合が重要ポイントにはなるが、決定的というほどでもない。その登場人物のそれぞれの持ち味を殺す事なく描き分けるのは至難の業だと思う。しかもそれぞれをちゃんと光らせ、複雑に入り乱れた相関関係の中で全ての伏線を終盤に怒涛の勢いで見事に回収しまくっている。ファミレスで働く美緒(恒松祐里)が客に絡まれた時、久留米君がかつて父親が使った「技」で客を撃退する。父親の事を「あんな風になりたくない」とバカにしていた彼も、巡り巡って少しずつ大切な事に気付き始めたのだろう。そう思うと非常に感慨深いものがある。さりげなく「心のひだ」に触れてくる描き方。「伊坂ワールド」恐るべし。
それに加えて斉藤和義の音楽がまた素晴らしい。
まさにこの映画にドンピシャで、劇中の重要なタイミングで必ず出没する路上ミュージシャンの歌も良かったし、エンディングではもう気持ち良く浸ってしまう。ああ…この映画を観て良かった!と思える心地良さ。しんみりな曲じゃないのにグッと来るのだ。
そして最後に。
三浦春馬君の笑顔が本当に素晴らしい。
あの彫刻のような美しい顔立ちと子供のような笑顔がもう見れないのかと思うと、それだけで泣けてくる。僕には他人の人生をあれこれ言う資格なんかないけど、それでも生きていて欲しかったなあと思わずにはいられない。生きてるだけで大抵の事は「どうにかなる」んだから。
こんばんは!!
伊坂幸太郎の世界、ホント素敵です。
陽気なギャングシリーズ、殺し屋シリーズ、死神シリーズ、その他諸々…
最近では、『逆ソクラテス』をよく職場仲間や友だちに勧めてます。
同調圧力に息苦しさを感じる時、「私はそうは思わない」と言える勇気が貰えました。
luna33さん、共感ありがとうございます。・_・
>自分の知らない所で人と人はちゃんと繋がっているのだ。
>心からそう思える
本当にそうだと思います。
この作品の様々なワンシーンが脳裏に浮かんできました。
最近の作品で「アイミタガイ」も、人と人との見えないところ
でのつながりのことを語りかけてくる作品でしたが、こういう
作品は好みです。
※自分のレビューも5年ぶりに読み返しました ・◇・)
luna33さま
伊坂幸太郎さん原作は次は何をレビューされるのかな、と楽しみにしていました。
『アイネ』なんですか!?
私も好きで大切な作品なので、こんなステキなレビューが読めてうれしいです。
でも三浦春馬さんのことを想うと、感情大渋滞でこれ以上コメントが書けません…