洗骨のレビュー・感想・評価
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背伸びしない身の丈の脚本が大好き
どんな理由で、どこの誰に期待されてるのか全く理解できない、ゴリ押し新人監督が多い中。特に小難しい話をするでも無く、偉ぶった講釈たれるのでもなく、ラリった頭で無理矢理捻り出した世界観を見せられるでもなく。身の丈で背伸びをしない話が、すごく良かった。
伝統を引き継いで、命を紡いで、血縁の温かさに救われて。
笑いを取るのに高尚なセンスなんか要らない。泣かす場面はシンプルで判りやすいほど入り込める。ゴリさん、二作目にも期待してます。
気になるところは、やっぱり画で。ちょっと子供っぽい感じがするところが目についてしまって。コップに人物を写してる所とか。それと、「人物ドアップ」が多過ぎると思う。肩から上で頭頂部は切れてるサイズの。で、人物だけで背景はボケてる。TV画面サイズなら、それでも良いと思うけど、劇場のスクリーンなら、もっといろんなものを同時に映し込めて、色んな表現ができるのに。「洗骨前夜」から、画の作りと表現が変わります。撮ってる人が変わったんじゃないかと思うくらい。洗骨前夜以降の画は好き。
廃れゆく風習と家族を結びつけた良い映画
日常の中に生命は巡る
しみました
家族の物語
正直、この作品のこと知らなくて、映画館に行って、ストーリーを読んで、観てみようかな…って感じでした。粟国島が本当にある島だということも知りませんでした。きっと、この洗骨って儀式も、本当にあるんでしょうね。映画を観るまでは、「おくりびと」のように、その儀式が、ずーっと収められているのかと思っていましたが、違いました。洗骨の儀式を中心に描いてあるけど、家族の物語でした。それも、とてもいい感じの家族の物語。しかも、ゴリさんが監督だからでしょうか、ちょいちょい笑いの要素もありました。Q太郎が出てきたときは、可笑しくて、可笑しくて…。叔母さん役の大島蓉子さん、とても良かったですね。いかにもオバちゃんなんだけど、水崎綾女ちゃんのこと怒りながらも、他人に中傷されるとかばってくれたりして…。すごく強い味方でした。洗骨という儀式は、個人的には、二度も悲しい思いをするのは嫌だなぁと思いました。でも、映画の中でもありましたが、神秘的な儀式なのかもしれませんね。生と死に触れている作品なので、涙も出ましたが、悲しいばかりではなく、暖かい気持ちになれると思います。
来た。観た。ヒージャーもわんも泣いた。
やっと長野県に上陸した「洗骨」。
たった2週間の上映に会社を休んで駆け込みました。
厨子甕に改葬するために肉親みんなで洗骨するんですよね。今はおもろ町に移転した県立博物館に厨子甕はたくさんありますね。
火葬が普通になっても、今でもやっぱりみんなで故人の話をしながら体の一つ一つを確かめながらお骨を拾うし、
子どもたち孫たちに骨を洗ってもらうって、こんなに幸せなことってあるだろうか。
だから、しっかり家族を守って生きたい!と強く思ったよ。
奥田瑛二、さすが。
安藤サクラや娘婿に負けてない。
ウチナーのおかーたちも大したもんだ。なりきった大島のおかーにもぶっ飛んだが、古謝美佐子ネーネーもいい歌を作ったね。あの長い髪には長野県の館内にもどよめきが起きました。
ゴリ、ありがとうね。
頑張ったね。
じっくりと考えさせられる作品でした
知らなかった
お笑い芸人のゴリが監督・脚本ということで、随所に笑いが散りばめられ...
お笑い芸人のゴリが監督・脚本ということで、随所に笑いが散りばめられていたのだけど、正直ちょっとしつこいw
そのシーンの空気感に入り込みそうになると小笑いがブッ込まれてくるので浸れず。
特になんでQ太郎チョイス?あんな画だけで笑いをとる人にさらにネタブッ込まれたら色々気が散るわ。
役どころ的には必要だと思うから、普通のちょっと小心な優男くんとかで良かったんじゃないかなと思う。
話自体はとっても良くって、作品冒頭で「洗骨」については肯定的な意見も否定的な意見もあると言っていて、その時点で私は否定的だったけど、実際の洗骨シーンを観たら肯定派に寝返った。
あと、最初は叔母さんは敵かと思っていたらめちゃめちゃ頼りになるし、すごく信頼に足る人物だった!
エグかったかな
笑ったり泣いたり面白いけど疲れました。
沖縄フリークとしては美しい海と三線、神秘的な風習、素敵な場面もたくさん描かれていて嬉しいですし、よくぞ初監督でここまで作り上げことは拍手ですが。
ありきたりのようで、ダメダメすぎる家族。奥田瑛二、こんなにおじいちゃんだったっけ、、やりすぎでしょう。
洗骨の場で陣痛、出産。生と死の表現をこんな単純な対比で描くなんて、ちょっとトラディショナルな男の発想なのかな、陳腐。
しかも、自然分娩なら出産で会陰切らないで産めよ~って細かいけど突っ込みたくなる。人間の自然の力をもっと信じてほしいな、こういう映画なんだから。エグい。
最後の「照屋エミに捧ぐ」もいらないかな。入れなくたって背景は想像できるものです。
意図的なものを感じすぎてちょっと引くし、映画の余韻にひたれない。
前半は店舗よく笑いと涙と人情でよかったんですが。
心に染み入るものがある
信綱にイライラ
メッセージ性ある作品
もうなにもかもうまい。
泣ける映画には笑いがあふれている
これはあくまで私の持論ですが、「泣ける映画には必ず笑える場面がある」と思っています。笑いとは表現する側と受け手との間に“共感”があってはじめて生まれるものだと思います。だから、たくさん笑わされてしっかりとした共感関係ができていれば、ハートをがっつりと掴まれている分、揺さぶられやすい──つまり、感動できる、泣けるのだと思います。
例えば、本作『洗骨』はそんな作品です。“ガレッジセールのゴリ”もとい照屋監督は、お笑い芸人という経歴を活かし、全編にわたって笑いがあふれ、心揺さぶられる本当に豊かな映画を作り上げました。私が観に行った回では、ほぼ満杯の劇場が、たびたび大きな笑いにつつまれ、最後にはそこかしこから鼻をすする音が聞こえてきました。
本レビューでは、本作の豊かな魅力を様々な観点から紹介していきたいと思います。
➀「せっ○すー!」とQ太郎
ギャグも、単にコントを映画に置き換えただけのものではなく、ちゃんと映画的な笑いになっていると思います。例えば、個人的に本作の中でも一番笑った「せっ○すー!」という場面があるのですが(本編をご覧になった方なら、これだけでも分かるはず)、これは単なる下ネタではなく、大人たちの嘘と男の子の認識のズレがちゃんと前フリとして描かれている、実は結構高度なギャグだと思います。(とは言っても、全然シュールだったり難解だったりする訳ではないので、ご安心ください。劇場内も大爆笑でした。)
……と、絶賛一辺倒で終わってもよかったのですが、お笑い芸人の鈴木Q太郎が演じる(というか、そのまんまQ太郎にしか見えませんが)「亮司」のキャラクターだけは個人的にかなり引っかかりました。映画全体としては、むしろ上品な笑いが多いとさえ思うのですが、彼のギャグだけは著しくバランスを欠いているように感じます。
ただ、亮司には島の外から来た人間として、「島の風習に対して素朴に驚き、観客が抱くであろう疑問を代弁してくれる」という明確な役割が与えられています。なので、例えば、「あの世」と「この世」の境目にドギマギする場面なんかは、彼がうろたえる気持ちもよく分かりますし、普通に面白いです。
➁ツッコミが観客の気持ちを代弁してくれる
ダウンタウンの松本人志曰く「ツッコミの役割は、観客の気持ちを代弁することである(大意)」そうです。本作にはそういう意味での“ツッコミ”にあたるセリフがたくさん出てきます。
例えば、店長との妊娠について「子どもさえできれば、自分のものになるかもしれないと思って……」と話す優子に対して、信子おばさんが冷静に「お前、考え方あぶないな……」とつぶやきます。このツッコミが入ることで、観客は笑うことができ、優子にドン引きせずに済みます。信子おばさんはそれ以外の場面でも、思ったことをズバズバと口に出して、こちらの気持ちを代弁してくれるので、実に痛快です。
また、真夜中に医院の前で剛が信綱と口論になる場面では、最後にお医者さんの「もう……よそでやってよ」というぼやきが入ります。ここは本作の中でも最もシリアスで悲しい場面の一つですが、ここであえて“外部の目”からのツッコミを入れることで、過剰に悲劇的で重たい雰囲気に傾くのを上手く避けているように思います。
➂子どもの動きが素晴らしい
前述の通り「せっ○すー!」は問答無用の名場面だと思いますが、それ以外の場面でも子どもの動きがとてもいいです。子役の演技が上手いというより、自然な反応を引き出す監督の演出が良いのだと思います。
例えば、優子のお腹を触らせてもらう場面では、女の子は興味津々という様子で自分から進んで触りにいくのに対して、男の子はなんとなく怖がっている様子で、「いい」と首を振ります。また、洗骨の場面では、今度は逆に女の子は少し怖がっている様子で、母親にずっとしがみついているのに対して、男の子は「俺、平気だし!」という表情で、積極的に作業を手伝っています。
「男の子だから、女の子だから……」という単純な話ではなく、子どもによって全く違う反応を見せるところが、いかにもありそうでリアルだなと思いました。
➃語り過ぎない・説明し過ぎない
過去に信綱の工場が潰れたことは、台詞の端々から分かるのですが、具体的に何があったかは「仲間の裏切りがあった」こと以外は何も語られません。また、剛が妻と離婚したことは分かるのですが、その原因や経緯についてはやはり何も語られません。
本作は、あくまで母・恵美子を中心とした新城家のドラマに焦点を当てているため、無駄に何でもかんでも説明しようとはしないのです。ドラマとしての無駄を削ぎ落とし、できるだけシンプルな話にすることで、余剰としての笑いをたっぷりと注ぎ込むことができます。そして、この余剰としての笑いが作品にあまりにも多くの豊かさをもたらしているのです。
➄回想シーンが一つもない
例えば、台風の日のエピソードが出てきますが、これはセリフで語られるだけで、回想シーンは挿入されません。信綱の工場の話でも剛の離婚の話でも、回想シーンが挿入されることは一度もありません。このことが上記の「説明し過ぎない」ことにもつながっていると思いますが、本作ではもう一つの重要な意味をもちます。それは、「恵美子が生きている姿を見せない」ということです。
本作で恵美子が生きて動いている場面は一ヶ所だけしかありません。短い場面ですが、在りし日の彼女が台所に立つ様子がありありと浮かぶようですし、信綱が彼女のことをどれだけ愛していたかが痛いほど伝わってきます。また、ここは優子がもうすぐ子をもつ親となり、だんだん母親に似てきているということを象徴する重要な場面でもあります。この場面を印象的に見せるために、全ての回想シーンを封印したのであれば、照屋監督は間違いなく天才だと思います。
➅完全な悪者・ダメな奴をつくらない
序盤に商店のおばさんたちが優子の心無い噂話をしている場面が出てきますが、彼女たちが“罪滅ぼし”をする場面が終盤にちゃんと描かれているところに、監督のやさしさを感じました。また、ずっとオロオロしていてどうしようもない父親だった信綱も、最後の洗骨の場面では堂々とみんなの前に立ち、一家の長として先頭を率いる姿を見せてくれます。
完全な悪者やダメな奴をけっしてつくらないという監督の姿勢が、何気ない描写に表れていて素晴らしいなと思います。
➆「洗骨」とその他の島の風習
本作のクライマックスでは、満を持して「洗骨」の様子が描かれます。ケレン味もハッタリもなく、ただありのままその様子を描いているのですが、息を呑むような静かな迫力に満ちており、目を奪われます。風葬した骨がどんな状態になっているか、実際にどのように骨を洗っていくかも、誤魔化すことなく全て見せてくれますので、ぜひ本編をご覧になっていただきたいと思います。
本作のメインはあくまで「洗骨」であるため、それ以外の島の風習や生活文化の描写は、実は意外と控えめだったように思いますが、小魚の“スク”の群れを男連中が網で囲い込む場面は、画面的にも動きがあってすごく楽しかったです。直前にはシリアスな場面が続いていましたが、身体を動かす内に自然と笑みがこぼれる剛と信綱の表情がすごくいいです!
素朴に「こんなことするんだ!」と勉強にもなって面白いですし、もっとこういう場面を入れてほしいなと思いました。照屋監督には、次回作でも沖縄を舞台にした映画を撮ってもらいたいです。
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