希望の灯りのレビュー・感想・評価
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なんでもないようなことの良さ
冒頭の音楽は2001年宇宙の旅を想起させた。
さしずめ、あのコストコみたいなスーパーは太陽系宇宙、漂うフォークリフトはディスカバリー号か?
次いでに言えば、ブルーノはHAL9000、マリオンはモノリスになるのか?
余談はさておき
ストーリーは侘しい、それなりに過去のある独身男の日常を切り取った内容になっているのだが、その中にこめられた淡々とした流れがリアルに感じて安心感を与える。
いわゆる独身男あるあるもので、自分にとっても、昔自分が感じた一部分のようで、だよねぇと唸ってしまう。
物質的な西側社会ではない、精神的な東側社会の日常の質素な良さが滲んでくる作品。鑑賞後にじわじわ着ます、この作品は。
タイトルなし
旧東ドイツ生まれの作家
クレメンス・マイヤーの短編小説
「通路にて」の映画化
.
ライプツィヒ近郊の大型スーパーを舞台に
社会の片隅で助け合う人々の様子を描く
.
其々苦悩を持つが
皆素朴で優しい従業員たち
人との繋がりの中から生まれる
生きる希望
小さな希望が日常を潤す
静かな映画です
フォークリフト戦争
見始めてすぐ、ちょっと黄色がかった映像のためアキ・カウリスマキ作品かと思った。いや、それは『希望のかなた』ですから!タイトルも似ていた・・・そんな最初のBGMは「美しく青きドナウ」や「G線上のアリア」。最後はクレイジーケンバンドか?と期待したけど違ってた。
青年クリスティアンが仕事を始める際に必ず七つ道具と腕に施されたタトゥーを隠すカットが必ず映される。元は窃盗などを繰り返す不良少年だった彼も心機一転、働くことに喜びを覚えるようになっていく。
ブルーノという直属上司。休憩時間がやたら長かったり、ユルゲンとチェスを楽しんだり、どことなく統一される前の東ドイツでの生活スタイルから脱却できなかったのかもしれない。コストコみたいな大型スーパー。その場所はトラック集配所だったところをスーパーに買収されたらしく、再統一という言葉もベルリンの壁崩壊と絡めていたように感じました。
メインとなるのは人妻でもある菓子部のマリオンに恋心を抱いたクリスティアンの話で、周りの同僚たちもみんな気付いているところが可笑しい。でも、誰も「人妻だからやめときな」などとは言わない。「マリオンの夫は乱暴者でなぁ・・・」などと彼に伝える程度。大型店ではあるが家庭的な優しがにじみ出るスーパーなのです。
フォークリフト講習会でのビデオはまるでホラー映画。逃げたくなります。恋する男はちょっとしたことでミスをする。やばいよ!なんだか事件が起こりそうな気もする。しかし、もっと悲しい事実も訪れる。「海」とか「シベリア」とか倉庫の中の再発見や、天井の高い通路での人生観。どこか寂しい人ばかりが集う店には温かさが満載だった。
みんな必死に生きている
ドイツの巨大スーパーマーケットが舞台、主人公は内気で刺青の多い青年、在庫管理係として採用されて先輩から仕事を教えてもらう。
いろんなタイプの人たちがいるが、みんな必死に生きている感じ。
主人公は自分より年上の同僚女性に恋をしてしまい・・・。
みつめる視線が温かい。
大量消費時代の終わりに
旧東ドイツ領内にある巨大な会員制スーパーマーケットが舞台である。
天井に届かんとする陳列棚いっぱいに並べられた品々。
どこか暗さを感じる店内。まばらな買い物客。
廃棄処分となった食品を貪る従業員たち。
資本主義に凌駕されつつも、夢のような生活を送れると信じたが、
結局、持つ者と持たざる者との乗り越えがたい断絶に打ちひしがれた人々が、
かつて培った連帯感の残滓を求めて避難したシェルターのようだ。
彼らは、スーパーマーケットに集い、共に働く。
スーパーマーケットこそが本当の家庭で、職場の仲間こそが本当の家族だと信じている。
虚飾まみれの家庭に、旧体制の瓦解を知らない世代の若者クリスティアンが仲間入りする。
体に刻まれた後ろめたい過去の名残である刺青を、制服の襟や袖で隠すようにして着替えるクリスティアン。
彼のルーティンが板についた頃、事情は異なれど職場以外に居場所がないという共通点からか、クリスティアンと古参の従業員たちの心がつながり合う。
上司のブルーノ宅で酒を酌み交わしたあとの帰り道の情景が美しくも哀しい。
大きな通りを大量消費の象徴然とした大型トラックが連なって駆け抜ける。
その脇を、そのトラックが運ぶものの恩恵に決して浴することのないクリスティアンがとぼとぼと歩いて帰途に着く。
その頃、かつてはそのトラックの運転手をしていたブルーノは、自宅で人生における決定的な決断を実行に移していたのだ。
クリスティアンが心を寄せる人妻マリオンとの、プラトニックな恋愛関係が清々しくも痛々しい。
エンディングで二人が聴く波音は、クリスティアンがマリオンの自宅で見た作りかけのパズルに描かれた海辺の音ではなかったか。
決して訪れることができないであろう彼の地のイメージを、寄り添いながらフォークリフトで共有する二人の後ろ姿に、タイトルとなっている「希望の灯」を見出すことは、正直できなかった。
あのスーパーマーケットもまた永遠ではないからだ。
あそこに集う彼らが、いつかほかの居場所を見出すことはできるのだろうか。
大量消費時代に終焉が訪れようとするいまと重なって、彼らの姿が淡く滲んで見えた。
語らないからって感情がないわけではない、語らないからこそ心に秘めているものが大きい。
ブルーノ(ピーターカース)のような存在の人がいれば、クリスチャン(フランツ ロゴスキー)のような社会に受け入れにくい存在(例えば、この映画の場合、内向性、少年犯歴、刺青、貧困など)の人が生きにくく道に迷っていても、なんとかやっていけるんだよなあと思った。
上に立つものの理解と寛容さが社会の中で生きにくく迷っている人のために、(この場合はスーパーの通路という狭い場所だが、心を寄せ合い生きて行ってる場所である)大事なんだよなあ。なんでもやれて優秀と言われ、自分の進む道を知っている人ばかりが、世の中に住んでいるわけじゃないからね。この映画をみて、是枝監督の「万引き家族」を思い出した。社会的立場の弱いもの、この人たちが家族という仲間を作って生活をしている。
弱いもの、道に迷ったものに寛大になれて、理解し、それを消化できて共感できる社会を作るべきだと。自分の時間を人のためにあげられる、人の話を聞いてあげられる時間を持つこと、それに、問題がある同士がいたわりあえる社会が必要なんだけど、今の社会は、一般論だが、人の問題を聞いてあげていない社会になり、自分の気持ちを吐き出す場所もなく一人こもって孤独になってしまう。レッッテルを貼らない、そして、十人十色のコンセプで人一人一人をみたいと思う。
主人公クリスチャンがトラブルを抱えるとそれに対面して行くのでなく、自分に自信がないから、そのトラブルを避けて通ろうとする本能が働き、それが、酒、ゲーム、にのめり込む結果になったり、悪い習慣に戻ったりしてします。はっきり断ち切ることが難しいし、自分の気持ちも酒の力を借りないと吐き出せない時もあるようだ、そうでない時もあったが、クリスチャンは自分、そのままで居られる場所を(自分の場所)を暗黙に探しているようだ。
観たいとずっと思っていてやっと観られた映画だ(インタビューから察するとロゴスキーはものすごく多弁で、冗談ぽく話す男で、彼の、言葉やバックグラウンドを聞くと、私の好みの思想を持っている魅力的な人))が、なんでだが知らないが私は恋愛の映画と誤解していたようだ。なぜ、私自身が誤解していたかわからないが、この映画は「量販店の通路で生きている人の生活」であり、その一部が恋愛であったり、悲しみであったり、力のある量販店の労働者の雇用賃金労働条件問題であったり、苦悩だったり、小さな幸せなどであったりする。それに、クリスチャンの乗って帰るバスのから察すると(N3 Miltitz) ベルリンの壁崩壊後の旧東ドイツで、その社会変化についていけないブルーノーの気持ち(トラックの運転手に戻りたい。)が彼を死に追いやったのかもしれないし、フォークリフトとしてクリスチャンを育ててから(後継者)、自分の命をたったのかもしれない。私にとっては想像するしかない。
ブルーノの言葉は私の心に突き刺さる。例えば、自分のところでビールを飲めとクリスチャンに声をかけて家の連れてくる。これは明らかにクリスチャンにたいして家で泥酔してもいいといういたわりの行動で、クリスチャンが外に出て悪い道に戻っていかないようにしてくれているのだと思った。それに、クリスチャンが好きになったマリオンについても、ブルーノは次のように言っている。
クリスチャンはそこにいなければならない、マリオンのためにも。クリスチャンはいい男だ。それは、みんなが知っている。
この意味は、そして、エスキモーの挨拶は、クリスチャンはマリオンに一線を置いていることだと思った。
クリスチャンの寡黙で、口数が少なく、いや、自分の感情を口に出すととが得意でないようだ。また、それをブルーノーが、認めているというか、クリスチャンそのままを受け入れている。他にも、クリスチャンは未成年の時、犯罪を犯しているし、仕事場に遅刻をしてきたりしている。でも、ここで、 ブルーノは絶対批判していない。(日本でよく言われる、今の若者は??じゃない)そして、批判の代わり、「一緒に働いているから、何も言わなくてもわかる』と。すごくない!!!!感激したよ!!!
(このレビューは徒然なるままに書いたものである。ここでやめとかないと延々とかけるんで。)
ジャームッシュ
旧社会主義国の持つ静寂さやすっきりとした街並みは、フィルムで観る印象よりも実はそんなに寂しくないです。それを知っていたので、巨大スーパーでも暖炉みたいな暖かみがありました。フィルムの雰囲気や日常の切り取り方がジム・ジャームッシュぽくって、モノクロでも観てみたい作品です。
見たことを忘れてしまうと思うけど、
寝てしまうほど退屈ではないけれど、結構ヒヤヒヤドキドキもしたりして、役者さんは全て素晴らしかったにもかかわらず、いつかきっと見たことを忘れてしまうと思う。
でも、一部はしっかり記憶の片隅に残る気がします。
そんな映画。
フォークリフトでワルツを踊りたい。
旧東ドイツにある会員制スーパーで働くことになった青年と先輩従業員達の交流を描いた静かなお話。
端正な構図と時に凝ったカメラワークで、日々の地味な作業を淡々と進めながら、少しずつ馴染んでゆく無口な主人公。そして同僚の菓子担当マリオンに魅かれてゆく。
ともかく台詞が少なくので、仕草や表情をジッと見つめなから変化を感じさせる演出。
一部の日本映画でやたらとに説明セリフを使うことが、多いこの頃、これぐらいが、心地よい。
従業員の多くは東ドイツ時代から働いている人で、統一後の時間の流れや取り残されてゆく人々の姿を想像させる部分も切ない。
スーパー従業員の作業を見ていると、どこもあまり変わらんなーと思う。
現地のフォークリフト研修で見せられる教材ビデオのひどいユーモアには苦笑い。スプラッタか!
冒頭のフォークリフトが踊るような作業シーンも「2001年宇宙の旅」パロディに見える。
日本ならコストコ物語かなタイトルは
希望の灯りを灯すのはほんの少しの勇気
印象欄に「しみじみ」とか「じんわり」を作って欲しいですね。
じっさいそんな感じで心に残る作品でした。
ささやかでも美しい人生〜なんて言う綺麗事など
今更通じない世の中で、
ままならない事ばかり数えても仕方ない。
なんとか前を向いて生きてゆく。
だから邦題は「希望の灯り」になったって感じです。
で、月に8回程映画館に通う中途半端な映画好きとしては
通路を挟んで心が通じ合う中年男女の話は
ちょっとだけ観てて羨ましかった。
なかなか年下の男性に、自販機とは言え
コーヒー奢ってよ〜なんて言えないよね〜
@もう一度観るなら?
「ネット配信とかで〜〜」
カウリスマキみたいと思ったら
やっぱりカウリスマキが好きらしいこの監督。
激情的人間ドラマが起こることもなく、労働者階級にスポットを当て、舞台となるスーパーマーケットの制服の青色だとか、真正面から大きく人物を捉えたシーン、カウリスマキ色がちょいちょい垣間見えます。
偶然か邦題もカウリスマキの最新作に似ている。
しかし単なる模倣ではありません。
一見無機質に見えるスーパーマーケットの中で、それぞれの想いを抱えながらフォークリフトを縦横無尽に操る人々はダンスをしているようにも見える…のはG線上のアリアをはじめとする、スーパーマーケットではかかりそうもない音楽に彩られているからなのかも。
とにかく音楽の使い方がいい。
労働者階級の職場という舞台で、静かな人たちが演じる話を殺伐とさせずかつ無駄にドラマチックにするでもなく、心にしみさせてくれるのは多分に音楽の効果なのだと思います。
俳優たちの抑えた演技もいいです。
特にクリスティアンを、マリオンを見守り続け、2人の行く末に安心したかのように去ってしまったブルーノ。
仲間たちが、長い付き合いだったのに何も知らなかったと呆然とするくらい、彼の中には誰にも知られず積もり積もったものがあったのでしょう。
初っ端からなにか深い想いをにじませているような顔だと思ったけれども、ああやっぱり、と納得。
最後の波音。
どこかに行きたいのにどこにも行けない、あの頃に戻りたいけど戻れない、鬱屈した彼らの心が求めるものが、この波音の聞こえる海だったり、大型トラックの列だったり、広く広がる大地だったりするのでしょう。
フォークリフトの教則ビデオは嘘でしょ〜と笑えますw
そこまで近づけて触れないのは、逆に罪ではないかと思うんですが、私、間違ったこと言ってますか?
クリスティアンの身支度シーンがオール・ザット・ジャズ。時間感覚はゆったりとしていて、奇妙な懐かしさ、と言うか郷愁を感じさせてくれる映画でした。
旧東ドイツが舞台。少年犯罪で2年刑務所にいた若者。見守る親方的存在の寡黙な男。陰のある美女、しかも人妻。決して明るくない職場と、温かい人々。貧しかろう暮らし振り。
なんか日本の「高度成長期の日陰」で生活した人々の物語を見てる気分。
ドイツの物流、つまりは経済を支えるアウトバーンの「脇」で慎ましやかに生きる人達の、希望や夢なんて言葉からは縁遠い日常は、不思議としみまくる小品でした。好きなタイプです。いや映画のことです、女優さんじゃなくて。
温かなバイブレーションが絶妙
ここはコストコ?
旧東ドイツの郊外にある巨大スーパーが舞台。期せずして2時間前に観た「僕たちは希望という名の列車に乗った」は東西に分裂していた1956年の東ベルリンが舞台だった。
若い時はヤンチャで務所にいたこともあるという全身タトゥーで無口な青年クリスティアンが在庫管理係の見習いとして働き始めた。彼の仕事ぶりは危なっかしくて仕方がないが、ベテランのブルーノが気長に面倒を見る。一緒に働く年上の女性マリオンへの恋心もリアルだ。そりゃ好きになるだろう。
年配の従業員の東西統一前の時代へのノスタルジーをもしっかりと切り取る。このへんも今作のすごいところ。あの時代も悪いことばかりじゃなかったんだ。
それぞれ孤独で悩みは多いが、決して押しつけがましくない心のふれあいが、温かなバイブレーションを生んだ。映像も秀逸で、極めて地味だが珠玉の作品と言えるだろう。
人間が優しい
出てくる人間が皆んな優しい。
ハリウッド映画のような華々しさはないが、等身大の人間を描いていて、親しみを感じる。
観光では見られない、異国の日常を見ることができるところがいい。
タバコとビールが飲みたくなった。
ドイツの倉庫内作業
近所の映画館での上映が終わりそうだったので、あわてて観に行った。
毎日を淡々と、いろいろありながらも明日からも生きていく。そんな映画。ゆったりと観れた。
横向きで座って乗るフォークリフトがたびたび登場。
一番高いところにある瓶入り飲料が結構重たいはずなのに爪を奥まで差さずに下ろしていて危ないと思ったが、思ったより爪が結構長くてしっかりささっていたようで安心した。
ハンドルきるのが早いから横の荷物に当たるんだから、もう少しまっすぐ後ろに下がってから曲がればいいのにと思った。
主人公の羽織っている制服がかっこよかった。
映画のときいつもそうなのだがヒロイン的位置の女性を最初見たとき、別に良いと思わなかったりするのだが、映画が終わる頃にはすっかり可愛かったり魅力的に見えてくるからすごい。
生きること…
ドイツの巨大なスーパーで働く人たちの
姿が淡々と描かれます。
登場人物の詳しいことは
全く描かれていません。
けれど、役者さんの
素晴らしい演技力によって
それぞれ背負っているものは、
きっとこうなんだろうなという
人生を垣間見せてくれます。
ドイツという国の複雑な遍路を
辿った背景が、慎ましく生きている
人々への人生を翻弄させ、色濃く絡んで
いるのだと思いました。
毎日ルーティンの生活の中で、
出会いがあり、人の優しさを感じ、
あるいは孤独を感じ、悲しい
別れもある…
それでも、日は登り明日が来る。
歩き出さないといけない。
生きる、生活して行くって
こういうことね、と 改めて
感じさせられました。
静かな映画から、頑張ろ!と
優しいエールをもらえました。
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