「あなたが死ぬ時、私の一部も共に死ぬ。」荒野の誓い はてんこさんの映画レビュー(感想・評価)
あなたが死ぬ時、私の一部も共に死ぬ。
この顔を見てまず一声。
あ、バッドマンだ
そういう人も多いと思う。映画界きってのダークヒーローを演じたクリスチャン・ベールが、またしても複雑な葛藤を表現する。
舞台は1892年のアメリカ。定かではないが、1890年にフロンティアは消滅したという有名な学説があったと思う。
西部開拓時代の末期もしくは終焉後という事だ。
序盤の展開と演技は素晴らしく、一瞬で映画に取り込まれたし、冒頭のシーンは大成功と言っていいと思う。けれどだんだんと微妙な感じになっていった。丁度、ジョーが収容所を出発するまでがピークだったように感じる。
ロザムンド・パイク演じるロザリーの息を殺すシーンなどは画面に釘付けになったし、ものの十数分だったと思うが、家族を失って心が壊れていく様をまざまざと見せつけられた。
ベール演じるジョーが護送の任を受けるかどうかで葛藤するシーンも、割とありがちな手法だけれど、あえて音声を切って映像だけで見せる事で"声にならない叫び"をよく表現していた。
いわゆるインディアン戦争を生き抜いた彼らにとって拳銃は魂の一部だったりする。戦友の銃に口づけしたり、信頼の証に弾を抜いた銃を互いに突きつけ引き金を引く。それが誓いの儀式にもなる。
その拳銃を前に彼は葛藤する。友の仇たるイエロー・ホークを護衛する任務。任を受けるくらいなら或いは……。
その辺りの解釈は人それぞれだろう。
こういう、人によって解釈の違いを生む表現や演技が芸術の醍醐味と言っても過言ではない。素晴らしい。
徐々に微妙になっていったという理由の一つに、あまりに死人を出し過ぎたことがある。雑魚ならともかく、割と丁寧に描かれてたキャラもコロッと死ぬ。
物語において、文字通り"名のあるキャラクター"はなるべくなら殺さない方がいい。
もちろん、そのキャラクターが死ぬ事で感慨深いシーンになる事もあるし、素晴らしいシーンになることもある。しかし、2時間ちょっとの映画なら多くて3人、4人死ぬのでさえ少しやり過ぎな感がある(ホラー映画やスリラー映画はそのほどではない)。
今作では、例えばイエロー・ホークの死は必要だった。主人公らの行進の目的なわけだし、インディアンにとって神聖な地で生を終えることの意味とか執着をもっとちゃんと描いても良かったと思うくらい、必要な死だ。
また、最後のアメリカ人領主の死も必要だ。今までは仕事と言って"インディアン"を殺してきた主人公がインディアンらを(もしくは自分の新たな信念を)守るために"アメリカ人"を殺す。
この葛藤とジョーの決意たるや……。
あと一つ、逃げ出した囚人を殺し自らも死を選んだ仲間。(名前忘れた)彼の死も必要な死だ。最終的に彼はジョーと同じくインディアンを赦し、逃走したアメリカ人ーーしかもかつての同胞を殺す。だがその結果、主人公とは対極的に自らも死を選ぶ。この対比は映画に深みをもたらした。
と、外せないのは彼らの死くらいで、後のデジャルダンとかインディアンの女性達とか楽器弾きのマロイとか、死んではないけど黒人との師弟関係+別れとか。
パーティから離脱して行ったそれらの人らは全て蛇足に感じるし、日中に行進→インディアン襲来→夜営→インディアン奇襲
というワンパターンな展開の中でかなり集中を阻害する。
さらに、主人公への理解という部分で(あえて言葉を選ばなければ)人付き合いでその人の人となりを知るということがあると思う。
もちろん、その事だけで人を判断するのは良くない(笑)しかし、いち要素である事は間違い無いと思う。
物凄く簡単に言えば、他のキャラがひれ伏してればその人は威圧感のある偉い人なんだろうし、陰口を言われていれば侮られる何かがある人という事になる。
加え、これは考えてどうこうとかいう事でなく、直感的に(頭をあまり使わずに)その人を知れる手段でもある。限られた時間内で主人公を理解する必要がある映画において、これがわりと重要だったりするわけだ。
名脇役のいる映画が名作となり易いのもこの辺りが理由だろう。
長々書いたが、結局は、キャラを殺しすぎるのは良くない。と言いたい。ww
キャラを殺すなら、それは観客に何かを感じさせる必要がある。
ジャンルが全く違くて申し訳ないが、今までの映画体験で鮮烈な印象を残したキャラの死というものがある。ハリーポッターシリーズのセブルス・スネイプ(アラン・リックマン)の死だ。
ハリーポッターシリーズは殆ど本を読んでから映画を見たが、最後の「死の秘宝パート2」だけは何故か映画から観た。つまり、セブルスの過去や事情を知らないままに彼の死に遭遇した。
その時私は「言語化できない理由のまま直情的に心揺さぶられる」という体験をした。
多分、あのシーンは二度目を観た時に本当の感動に襲われる種類のシーンだったが、私は全ての事情を知った二度目よりも何も知らないで観た一度目の感動の方が大きく感じた。
今作のあらゆるシーンでも感動はしたが、彼にとってこれはこういう意味なんだろうな、とか、この葛藤はここに起因しているんだろうな、とか、自分なりに理由を想像した上での感動だった。
「なんか分からんけど真っ直ぐに心揺さぶられる」というシーンにならなかったのは、彼の周りがあまりに死んでいくから、ジョーを直感的には理解できておらず、思考力を用いて理解する必要があったから。だと思っている。
あの大長編シリーズに出てくるセブルスほどの理解と愛着を持たせろとまでは言わない(笑)
ただ、2時間の中で彼を直感的に視聴者に理解させるには彼の周りを殺し過ぎたな、と感じた。
最後にもう一つだけ素晴らしかった点を。
拳銃の音だ。
一発一発の重みというか、威力というか、そこにかける覚悟というか。ものすごく重厚でリアルで、鳴り響くごとに胸が高鳴った。
『ウォーキング・デッド』のスコット・ウィルソン最後の戦闘シーンという事もあるし、ラストの銃撃戦は是非味わってほしい。