劇場公開日 2018年4月14日

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「ウイグルは静かに虐殺されている」ラッカは静かに虐殺されている 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5ウイグルは静かに虐殺されている

2018年8月31日
PCから投稿

最近幕末の志士たちが影響を受けた陽明学とは何か?と思い立ち、王陽明の発言をまとめた『伝習録』を読み、さらにそこから派生して秦統一以前の古代の歴史書である『春秋左氏伝(略:左伝)』を読み始めた。
『春秋』は儒教が「五経」に定める教典の一種になるが、すべての基本が「徳」と「礼」であることがうるさいほど繰り返し言及されている。
徳礼のない国は民心が離れて滅び、徳礼のない人間は一族を滅ぼすという大原則に『左伝』は貫かれている。
『左伝』は西郷隆盛の座右の書でもあったという。

現在ISはシリアではほぼ壊滅したが、本作を観ていていかに民心が離れていったかがよくわかった。
恐怖政治はヒットラー、スターリン、毛沢東をあげるまでもなく最終的にはうまくいかないことは歴史が証明している。
ナチスは滅び、ソ連は崩壊し、チャイナも20世紀中は貧国のままだった。

では欧米が徳礼にあふれた国々かと言えばもちろんそんなことはなく、かつて植民地で有色人種を好き勝手に搾取していたヨーロッパは植民地であったはずのアフリカや中東から移民という形で国柄を破壊される逆襲を受けているし、アメリカも麻薬が蔓延していたり、銃乱射事件が多発していたり、移民問題もあり、とても幸せな社会とは思えない。
結局「アラブの春」も裏で糸を引いていたのは、ネオコンを中心としたアメリカのグローバリストたちであり、自分たちの利益のために他国を混乱に陥れる行動はまったく徳に欠ける。
やはり不徳の行動はいずれは我が身にふり返って来るのかもしれない。
国なら数百年は安泰でもその後先細りしたり、人ならその人物自体は天寿を全うしても孫や子孫の代で災難に遭ったり、一家が離散したりするかもしれない。

王陽明は目の前の不正に見ないふりをしないよう説いた。
そして生死に関わらず行動を起こすようにも説き、ここが最も幕末の日本で培養されたように思える。
まさに本作のRBSSのメンバーたちに相通じるものを感じる。
そして実は正義よりも親切の重要さを説いている。

そして現在アジアに目を向けると、チャイナでは南モンゴルやチベット、ウイグルで漢族とは違う他民族が塗炭の苦しみを受けている。
特に「一帯一路」の通り道であるウイグルでは、弾圧が激しさを増し、アメリカも問題視してたびたび言及するようになった。
なぜチャイナは自分たちの歴史から学ばないのだろうか?
異民族とはいえ初めての統一国家であった秦は恐怖政治を敷いたため統一後わずか15年で滅んだ。
たしかに清が欧米列強や日本の前に屈し、漢族的世界観である華夷秩序が完全に崩壊したため力の論理を信奉したくなるのもわからなくはないが、自国民すら監視して恐怖政治を展開する現在のチャイナは早晩人心も離れていくのではないだろうか?
現に習近平のポスターに墨汁をかける事件が多発したり、台湾どころか香港や上海でも独立派が育ち始めているという。

そして異民族であるチベットでは数千あったチベット寺院が一桁まで減らされ、ウイグル人は強制収容所に数百万人単位で送られ、イスラム教徒である彼らに火葬を強いているという。
インターネット番組の「チャンネル桜」にウイグル人活動家が登場したことがあるが、彼の90歳を超える母親も勾留されているというし、番組内で年端もいかないウイグル人の少年が漢族の青年から何度も蹴られて泣き叫んでいる映像も流された。その周りをぐるっと多くの大人たちが取り囲んでいたが、みなニヤニヤと見ているだけで、誰も助けに入らず警察も呼ぶこともない。
残念なことに現在少なくないウイグルの青年たちが、拡散したISに合流して戦闘訓練を受けているという。
いざチャイナ政府が崩壊したり、その力が弱まれば、おそらくそのウイグル人たちはウイグルにいる漢族の民間人を躊躇なく虐殺していくだろう。
今チャイナ政府が行っている弾圧はウイグル人はもちろんだが、将来的にはウイグルに住む漢族をも危険にさらしている。

日本に来る漢族の観光客を見ても彼らはまったく徳育されていない。
今は確かに強国になる道を歩んでいるが、自分たちの利益だけを追求して徳礼に欠けた拡大を続けても、長続きはしないし、一旦落ち目になればその災厄は倍返しになるように思えて仕方がない。
もう一度自分たちが育てあげた徳治主義の歴史を見直すべきだ。

なお同じアジアの同胞が苦しんでいるのに、それに対して同じアジア人として抗議もしないわが国の政財官の人々は情けない。白人国家である欧米が抗議していることを思うと尚更である。
もちろんできることは少ない。
だが声を挙げて寄り添うことはできるはずだ。

我々も経済を優先してチャイナに抗議しないなら、結局それは不徳の小チャイナでしかない。

筆者自身も不徳で欲にまみれた一個人でしかないが、せめてウイグル人の幸福と明るい未来だけは祈りたい。

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曽羅密