「ある夏の日々」万引き家族 Toshiさんの映画レビュー(感想・評価)
ある夏の日々
夏の縁側で父ちゃんと母ちゃんと子供たち、ばあちゃんが花火見物に興じる。昔の日本の家族にはあった夏の一日。ところが彼らが見上げる夜空に花火は見えない。彼らの家はそびえ立つ巨大マンションの谷間にあるから。彼らが楽しそうに夜空を見上げる様を俯瞰で捉えたこのシーンが素晴らしい。良い映画には象徴的なシーンが必ずある。観客はそれを忘れない。
夏のシークエンスは他にもある。電車に乗って皆んなで海水浴。これも昔の日本の家族にあった夏の一日だろう。それから兄妹が蝉の抜け殻を取りに行って夕立に遭うところ。ずぶ濡れで家に帰ったら、父ちゃんと母ちゃんも濡れていた…
この夏の日々が彼ら家族にとっても観客にとっても宝石のように見える。
物語は冬から始まる。最初はこの奇妙な家族にイライラさせられる。皆んなグータラで家は汚い。汁飛ばしてメシ食うなよ、ばあちゃん。それでもスクリーンから目が離せない。俳優陣の演技の深さ、濃厚さに圧倒されるから。是枝監督はこのキャスト、家族に全幅の信頼を置いている。カメラは彼らを追うだけ。そして観客はこの家族を愛おしく思うようになる。
彼らにとっても観客にとっても幸福な夏の海岸でばあちゃんがボソッと云う。こんなのは長く続かないよ、と。実際ばあちゃんはその後死んでしまう。そしてこの家族は崩壊していく。やがて物語は秋から冬へ。
彼らは本当の家族でなかった。映画はいちばん下の娘だけが血縁ではないと知らせるだけで、父ちゃんも母ちゃんもばあちゃんも皆んな家族だと思わせて進行する。やがて彼ら各々の素性が明らかになっていく。
生きる術を多くは持たず、社会の隅に追いやられた家族の物語。生きるためには犯罪にすら手を出す。私が今年の傑作と思う「フロリダ・プロジェクト」も同じような境遇の母娘を描いていた。彼女たちは本当の母娘だったが。日本とアメリカで同じような傑作が生まれたのは偶然ではないだろう。タイトルから万引きをファミリービジネスにしているひと達の映画と思っている方も多いと思うが、そういう映画ではない。
リリー・フランキーの父ちゃんが、万引き以外子供たちに教えられる事が何もないと云うシーン、安藤サクラの母ちゃんがウチらじゃダメなんだよと子供たちを手放す事を告げるシーン。ここで涙腺が緩んでしまった。父ちゃんと息子の別れのシーンでは涙腺決壊。泣かせる映画じゃないんだが。あの父ちゃんと母ちゃんがいなくなってあの子たちはどうなるんだろう。
リリー・フランキーの父ちゃんの憎めないクズっぷり。安藤サクラの母ちゃんの母性、菩薩にすら見える。そしてあの子供たち。忘れがたい映画だ。