人魚の眠る家 : インタビュー
篠原涼子&西島秀俊、親になった“今だからこそ”実感する「簡単じゃなかった役」
“違う自分を引き出してくれる存在”などと言うと、婚約会見のテンプレコメントのようだが、西島秀俊にとって、篠原涼子はまさに普段、任されることが多いタイプの役柄とは異なる役柄、関係性の楽しさを味わわせてくれる異色の共演者だそうだ。「僕は、周りを振り切って、突き進むような強い役が多いんですけど、篠原さんには逆に、いつも振り回されて、ひどい目に遭わされています」と苦笑する。篠原は申し訳なさそうにしつつも「3度目となると、“相性”とか何かがあるんだろうね」と笑う。映画「人魚の眠る家」では夫婦を演じた2人。今回もしっかりと、篠原は西島を振り回すのだが、そこには互いへの信頼と尊敬、何よりもそれぞれ父親、母親として子を思うがゆえの深い愛情があった――。(取材・文・写真/黒豆直樹)
東野圭吾の累計100万部突破の人気小説を堤幸彦監督が映画化。事故で娘が意識不明に陥るも、母親の薫子(篠原)は回復を信じ、夫の和昌(西島)が社長を務める会社の最新技術を駆使して眠ったままの娘の生命の維持に人生を捧げる。和昌は妻が技術を妄信し、周囲の困惑をよそに狂気さえ帯びていくさまに不安を覚えるのだが……。
篠原も西島もプライベートでは子を持つ親である。実生活で親であるからこそ、母・父の役柄の気持ちがわかる、だから演じやすい……と安易に考えてしまいそうだが、本作に関して言えば、引き受けるのは簡単ではなかった。それでも、強烈にひきつけられる“何か”が本作にはあったという。
薫子が物語の中の数年で見せる様々な心情や激しい感情の起伏――。女優としてそれを表現したいという欲求が篠原の中にふつふつと沸いてきた。「約2時間の映画の中で、ひとりの女性がこんなにもいろんな感情を露わにする作品もなかなかないですよね。やらなかったら後悔すると思いました。壁を乗り越えたいという思いもあり、すごく大きなターニングポイントになる気がして、トライしてみようって思いました」。
西島は恐怖を覚えつつ、それでも台本のページをめくり、読み進めていくうちに、物語が持つ力に圧倒された。「この物語はどう着地するんだろう? と引き込まれました。決して難病ものではなく、サスペンスであって、しかもフワッと終わるのかと思いきや、しっかりと決着がつく。さすが東野さん、これしかない! というところまで行き着き、そこに希望や深い愛が見えて、本当に感動しました」。
薫子と和昌の心情の変化、グラデーションを構築していく上で大きかったと2人が口をそろえるのが、堤監督が作り上げる現場の空気、ちょっとしたニュアンスの違いで、大きな意味を生み出す演出である。
篠原は「堤監督が、順撮りにして下さったので、ひとつずつシーンを進めながら、現場の空気、監督のプラン、相手のお芝居を感じて、そこで自分は何を感じるか? と舞台のような感覚で、計算ではなくそのときの気持ち、熱量を大切にしながらやっていった方が大きかったです」と振り返る。
堤作品と言うと、斬新な物語の設定やスタイリッシュな映像に目が行きがちだが、西島は「堤さんの演出は本当に丁寧で『ここはもうひとつだけ間をあけて』とか『目線をもう数センチ上げて』という感じなんですが、それによってこちらの気持ちが確実に変わるんです。『そうか、これは言ってはいけないひと言なのか』『強い意思を持ってそこにいるんだ』と気づかせてもらえる。微妙な気持ちの移り変わりを捉えてくださったと思います」と感謝と称賛を口にする。
2人の最初の共演は2005年のドラマ『溺れる人』。篠原はアルコール依存症で人生を崩壊させていく主婦、西島は彼女を支えようとするも振り回され続ける夫を演じている。続く2006年には篠原の代表作となった「アンフェア」の最初の連続ドラマで、最終的に西島は篠原演じる刑事・雪平に射殺される。
西島は「映画にもなって、あれだけ続いたシリーズなのに、僕は4話で殺されちゃって。足狙って撃てばいいのにね(苦笑)」と十年以上前の不満を吐露し「珍しい関係性ですよね。僕はいつも、周りを振り切って、突き進むような強い役が多いんですが、篠原さんには逆に、いつも振り回されて、ひどい目に遭わされています」と首をかしげる。
篠原は「溺れる人」の撮影を振り返り「かわいそうだったなぁ……。雪の中を子どもを抱っこして私を探しに来て『いい加減、酒やめてくれよ』って言ってくれるのに『うるさい!』って帰らないの」と懐かしそうに笑う。
当時30代だった2人は、十数年を経たいまも、次々と映画で主演を張っているが、40代を超えると主演の機会が減っていく邦画界において稀有なことである。互いについて語る言葉から、それを可能にした2人のゆるぎない実力、年齢を重ねるごとに魅力が増していく様子がよくわかる。
篠原は“深み”という言葉で西島を評する。「最初はお互いに独身だったけど、いまはお父さんになって、いい旦那さんになって(笑)、それはこういう作品での共演ですごく助かりましたね。子どもへの思い、見つめ方や接し方が愛情にあふれているし、セリフがなくても、私を見つめる瞳で会話をしてくださって、おかげで気持ちが昂って、薫子になり切れたと思います。前回も素晴らしかったですけど、さらに深みが増しているのを感じました」。
西島は、篠原の発する言葉に重みと説得力を感じたという。「結婚されて、子育ても頑張ってらっしゃるとうかがってたんですが、この仕事は本当に大変ですから、それって本当にすごいことだし、実際にお会いして演技をすれば、それがわかります。この人は、本当にどちらにもエネルギーを捧げているんだなと。そういう人生の経験が、女優としてのキャリア、演技の厚みにつながっているのを感じたし、セリフやちょっとした言葉の重み、説得力がすごく増していて、あぁ、きちんと生きているということが、それをもたらしているんだなというのを実感しました」。
願わくば、次回は10年以上も間隔を置くことなく、40代後半、50代と人生の年輪を刻んだ2人のぶつかり合いを見せてほしい。