「無情な世界を生きる二人に『美しい日』はあるのか」ビューティフル・デイ inosan009さんの映画レビュー(感想・評価)
無情な世界を生きる二人に『美しい日』はあるのか
監督リン・ラムジー、女性とは思えないそのクールな感覚が冴えわたる映画だ。物語としてはスコセッシの「タクシードライバー」を想起させられるが、映画の感触としては、ニコラス・ウィンディング・レフンら新進気鋭の監督作に近いものがある。
主人公が抱える少年時代のトラウマや、病んだ精神によって引き起こされる幻覚を、何ら説明なくカットバックで織り込む手法が斬新だ。見方によっては混乱を招きかねない大胆な演出だが、それが成功しているか否かは、映画にどれだけのめり込めるかどうかで決まるだろう。この感覚は、トム・フォードの「ノクターナル・アニマルズ」や、N・W・レフンの「オンリー・ゴッド」や「ネオン・デーモン」などを観た時の感覚に近いものがある。音楽を含め、映画はどこまでもスタイリッシュで不思議な魅力に満ちている。
銃や刃物を持たない主人公の武器は金槌である。容赦なく敵を叩きのめすそのバイオレンス描写は案外控えめだが、それがむしろ痛烈に迫ってくる。ひげ面のホアキンが時折見せる寂し気な表情が、映画の印象をより深いものにして眼に焼き付く。
原題は『YOU WERE NEVER REALLY HERE』。「お前は本当はここにはいない」とでもいった意味だろうか。殺しや人探しなど頼まれれば何でもやるような裏稼業を生業とする無常な男と、売春組織に売られた少女。心に大きな傷を負った二人が食事をするカフェでのラストが美しい。社会のどん底を彷徨うような二人の道行きに、本当に「素晴らしい日」があることを願うかのようなラストが、この陰惨な物語に一筋の光を見出そうとしているように見えてならない。