劇場公開日 2018年6月1日

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「リアル感覚の欠落、喪失をきわめてリアルな手触りで描く」ビューティフル・デイ 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5リアル感覚の欠落、喪失をきわめてリアルな手触りで描く

2023年2月24日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

1 本作の描いたものは何か?
この映画は、(恐らくは)イラク戦争帰りの退役軍人である主人公が少女を救出する話である。それだけ取り上げれば、スコセッシの「タクシー・ドライバー」を想起するところで、実際に主人公の戦争によるPTSDと裏腹の空虚感は、同作のデニーロと共通しているようにも見える。
ただ本作の場合、空虚なのは主人公ばかりではない。彼と死闘を演じる殺し屋もまた、空虚感を漂わせているのである。救出される少女だって殺人を何とも思わない点で、やはりこのニヒリズムを共有している。どうやら「タクシー・ドライバー」とはかなり趣が異なっているらしいのだ。
とするとこの映画は、いったい何を描いているのだろうか?

2 BGMから読み解く監督の意図
映画が始まって間もなく、主人公がホテルを出てタクシーに乗り込むと、車内にはこんな内容の曲が流れている。

<俺を起こしてくれ
君のその温かさで俺を目覚めさせてくれ>

そして映画の半ば過ぎ、知事の送り込んだ殺し屋が主人公に撃たれ、瀕死の状態になったシーンに流れているのはホリーズの"The Air I Breathe"で、次のような歌詞である。

<ときどきボクは呼吸できる空気さえあれば他には何もいらなくなる>

その後、死んでいく彼が主人公と手を握りあいながら歌うのは、シャーリーンの"I've Never Been To Me"。

<甘い生活を追いかけ、男から男へ渡り歩く私は楽園にいた
でも、それは自分自身ではなかったの>

ところで、この映画の原題は"You Were Never Really Here"(あなたは本当はここにいなかった)である。
これをBGMの歌詞と対比させてみれば、本作のテーマは「自己=現実感を喪失した現代人の空虚」だということが浮かび上ってくる。
監督はここで現実感を喪失した現代人が、心ここにあらず決して充足できない空虚感や喪失感、社会全体に蔓延するリアリティの欠如感覚を描いたものと思われる。
とすると、ベトナム戦争の退役軍人の心の空虚さが生む軋轢を社会問題として抉った「タクシー・ドライバー」とは、ずいぶん距離のある作品ということが分かる。そもそも時代が違うのである。

3 テーマとスタイルの斬新な組み合わせ
監督は上記のリアリティの欠如感覚を、きわめてリアルな手触りのある映像や音響で描く。
冒頭、ひと仕事を終えた主人公が、ホテルでその証拠品、写真やネックレス、携帯電話等を手慣れた仕草で事務的に処分するシーンは、実にクールである。
その後も突然殴ったり殴られたり死体が転がっていたりというシーンが、ろくに説明なしに展開していくさまは、ハードボイルド映画そこのけではないか。

リアル感覚の欠落、喪失をきわめてリアルに描く…それが監督の意図であり、新しさだろう。しかし、この空虚感の行く末が仮想的な自殺だけだとしたらつまらない話だし、恐らくそうはならないはずだ。少女が「今日はいい天気よ」と言ったその後を描いてほしかった。その意味でテーマの追求の仕方が物足りないと思わざるを得ない。

徒然草枕