「子役が女優にメタモルフォーゼする瞬間の青春音楽映画」志乃ちゃんは自分の名前が言えない Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
子役が女優にメタモルフォーゼする瞬間の青春音楽映画
吃音(きつおん=どもり)によってコミュニケーションがうまくとれない女子高生・志乃と、ミュージシャンになりたいという夢を持っているものの、音痴な同級生・加代の友情を描く青春映画。その設定から音楽映画としての側面も持っている。
これはけっこうな佳作である。特筆すべきは、志乃役の南沙良(16歳)と、加代役の蒔田彩珠(まきた あじゅ/16歳)の絶妙なキャスティング。撮影時は2人とも14歳でこの難しい高校生役を演じているというから感動だ。
まだ2人は無名に近いが、南沙良は三島有紀子監督の「幼な子われらに生まれ」(2017)で、父親・浅野忠信の再婚相手の連れ子・薫役を演じていた。今回は全編にわたり、ドモリのあるセリフを発しつづけるのだが、歌を歌うときはその吃音は止まり、素朴で透明な歌声を聴かせる少女となる。歌がいい。
一方の蒔田彩珠は、是枝裕和作品の常連で、「海よりもまだ深く」(2016)、「三度目の殺人」(2017)に出演。さらに「万引き家族」(2018)にも、松岡茉優演じる亜紀の本当の妹役を演じている。
つまり2人とも"子役"だったわけで、本作でまさに"女優"への変身の瞬間を見ることができるという貴重な1本。
作品は"吃音"を単なる病気として描くのではなく、思春期の友人関係におけるコミュニケーション問題と結びつけている。コンプレックスからなかなか打ち解けられない志乃のようすは、自我(アイデンティティー)の確立過程で少なからず経験する、人間関係の苦い経験を思い起こさせるのだ。志乃が自身のふがいなさに号泣するシーンでは、南沙良の演技に引き込まれる。
クラスメイトとなった志乃と加代は、ひょんなことから近づきはじめる。ギターを弾く加代が、志乃の歌声の魅力に気づき、ストリートライブをしようと誘う。
フォーク/ロックの名曲がカバーされる。THE BLUE HEARTSの「青空」(1989)、赤い鳥の「翼をください」(1971)、加藤和彦と北山修「あの素晴しい愛をもう一度」(1971)、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「世界の終わり」(1996)など、その歌詞のひとつひとつがストーリーとリンクして胸に突き刺さる。
2人の関係が音楽によって最高潮に達するときの眩しいばかりの輝き。 本作が素敵な音楽映画でもある瞬間だ。
そんなある日、2人の駅前ストリートライブを同級生の男子・菊地が偶然見かけてしまう。菊地は、志乃の吃音をからかっていた男子だ。しかも菊池は強引に2人のバンドに加入したいと言い出し、その結果、志乃のコンプレックスが再現する。やがて微妙に狂いはじめる2人のゆくえ・・・。
ちなみに本作は押見修造による漫画の実写化である。"吃音"は、押見みずからの実話ベースの話であり、そこにリアリティが伴っている。また脚本が「百円の恋」(2014)の足立 紳というところも注目である。