「言葉を紡ぎ出すことに苦しむ貴方のための映画」志乃ちゃんは自分の名前が言えない uttiee56さんの映画レビュー(感想・評価)
言葉を紡ぎ出すことに苦しむ貴方のための映画
人気漫画の安直な実写映画化が批判を浴びている昨今だが、本作はそのようなものは一線を画する、本気で作られた映画である。
そもそも原作は人気漫画といっても作者の実体験をベースとした私小説的なものであり、よく言えば文学性の高い、悪く言えば地味な作品である。漫画実写化が流行っているといっても、そのような種類の漫画が映画化されることはそう多くない。
映画は原作を丁寧に再現しており、改変部分についても納得がいくものであると思う。(賛否両論あると思われる結末の改変は、自分としては正解というか必然ではないかと思う。理由はネタバレになるため省略。)パンフレット代わりに発売されたオフィシャルブックを見ると、原作者との密な連携のもとに映画化が進められたことが伺える。
オーディションで選ばれたという主演の南沙良と蒔田彩珠は、すでにいくつかの作品で優れた演技をしており、報道によれば今後の出演作も多数決まっているようだが、現時点での知名度は低く、所謂「客を呼べる役者」ではない。撮影当時14歳と役よりも若い年齢であったと聞いて驚いたが、このキャスティング一つとっても、この映画が本気で作られていることが伺える。
そして、南沙良の演技が凄い。難発性の吃音症という非常に難しい役を完璧に演じているだけでなく、モデル出身の美少女でありながら鼻水を垂らして顔をぐちゃぐちゃにして泣く演技を2度も行っており、その熱量にただただ圧倒された。南沙良自身が原作のファンだったそうで、並々ならぬ覚悟で役作りに取り組んだに違いない。今年の映画賞では新人女優賞を多数受賞してほしいと思う。
以上、褒めてばかりいたが、この映画には問題点もある。時代考証が行き届いていないので80年代後半に青春を送った私にすらいつの時代の物語なのかわからなかった、とか、吃音症の表現をリアルにしたあまり物語のテンポが悪く大方の人には退屈な映画なのではないか、という点である。
だが、私から見れば、この映画を退屈に感じる人は、人とのコミュニケーションに苦労していない幸せな人なのかなあ、と思ってしまう。私は吃音症ではないけれど、人に話しかけるときにストレスを感じたり、一人ではすらすら言葉が出てくるのに人前では言葉に詰まったりするので、吃音に苦しみながら必死で言葉を紡ぎ出す志乃ちゃんの姿が他人とは思えず、ああ、こうなんだ、こうなんだよと思い、何気ない場面でも何度も泣きそうになってしまった。
少なくとも私にとっては、長く心に残り続ける映画になると思う。他の映画と比べて今年度ベストワンとかいう映画ではなく、自分のためだけに作られたオンリーワンの特別な一本である。
(2018/11/29追記)
南沙良と蒔田彩珠が第43回報知映画賞新人賞を受賞とのニュース。本当に嬉しい。長い報知映画賞の歴史の中でも、同一作品から女優2名が新人賞に選出されるのは初めてとのこと。