劇場公開日 2018年5月26日

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「稀代の天才俳優、衝撃と完璧なまでの幕引き」ファントム・スレッド 近大さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5稀代の天才俳優、衝撃と完璧なまでの幕引き

2018年11月30日
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鑑賞方法:DVD/BD

怖い

知的

難しい

現在の映画界で最高の演技派俳優と言えば?
ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジャック・ニコルソン、メリル・ストリープ、ケイト・ブランシェット…。
多くの名が挙がり、勿論全員が最高に素晴らしいが、自分はある一人の俳優の名が真っ先に思い付く。
ダニエル・デイ=ルイス。
凄まじいまでの役作り。映画出演本数は他の役者と比べてそんなに多くはないが、一作一作ごとの入魂名演。男優では最多であるオスカー主演賞3度…。
演技派、名優の域を超え、孤高で、何か一つの頂きに達している感さえする。
そんな稀代の天才俳優の引退作。
大トリを請け負うのは、彼の神名演の一つ、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』で組んだポール・トーマス・アンダーソン。
鬼才と天才のタッグ、再び!
今回、二人が描くのは…

1950年代のロンドン。
高級服専門の仕立て屋、レイノルズ。誰もが彼の作る服に魅了されるが、本人は華やかな社交界に興味無く、ひたすら仕事に没頭していた。
そんな時出会った若いウェイトレスのアルマを見初め、彼女を自分の世界へ迎え入れる…。

レイノルズにとっては、巡り合ったミューズ。
アルマにとっては、シンデレラ・ストーリー。
甘美な大人のラブストーリー…に、このタッグでなる筈が無い。
一筋縄ではいかない『マイ・フェア・レディ』。

見てるとすぐ分かるが、レイノルズは完璧主義者。
性格も気難しく、神経質。
そして、仕事一筋。
だから、幾らミューズと巡り合ったとは言え、その関係が上手くいかないのは予想出来る。
最初の内は良好だった。
レイノルズはアルマを重宝し、アルマもそれに応え、美しく洗練されていく。
しかし…
レイノルズは相手に対しても完璧や自分の理想を求めてしまう。
かき乱される事や干渉される事を激しく嫌う。
それはつまり、一方的な束縛。
アルマは彼に従うだけの毎日に不満を募らせる。自分はミューズではなく、彼の単なるマネキンに過ぎないのか…。
何も彼女だけじゃない。レイノルズが独身でいる理由、彼の元を去ったミューズが何人居た事か。
それでも彼に必要とされたいアルマ。
芸術家とミューズ、その関係は禁断の扉を開く…。

企画段階から参加しただけあって、完璧主義者のレイノルズは完全主義者のデイ=ルイスそのもの。
彼と互角に渡り合ったほぼ無名のヴィッキー・クリープスの存在感も見事。(レスリー・マンヴィルも印象残すが、彼女より、クリープスがノミネートされるべきだったのでは…?)
ファッション業界が舞台なだけあって、劇中登場する数々の衣装の素晴らしさには目を見張らされる。オスカー衣装賞も納得。
フィルム撮影による往年の名画を彷彿させるようなクラシカルな映像、流麗なジョニー・グリーンウッドによる音楽…。
アンダーソンの演出も格調高く、全編を通じて、エレガントで香り立つような官能美さえ匂い感じさせる。

それら演技、演出、ムードは紛れもない超一級品。
しかし話自体は、好み分かれそう。何せ、アンダーソン作品だから…。
なかなかに理解し難くもあり、KO級の愛の物語でもある。
そう、このムードに陶酔させられていたら、展開に衝撃受ける事間違いナシ!
禁断/究極の愛と言うべきか、狂気か、それともホラーか。
これは是非見て貰いたいので言えないが、一言だけ言えるとしたら、
女は怖い!
レイノルズの周りには常に女性の存在が。ミューズであるアルマ、唯一の理解者である姉シリル、そして亡き母…。
特に母の存在は大きく、今も夢に見るほど。
はっきり言ってしまえば、愛に飢えた完璧主義者のマザコン。
彼女たちからの愛を受け、時にはその愛に応えられないレイノルズ。
一見男が女を翻弄し、意のままにしようとしているようで、実際は…。

本当にこれは、究極の愛の形か、禁断の世界か。
しかし、誰にも真似出来ない唯一無二の作品である事は確か。
鬼才はまた一つの境地に。
そして稀代の天才俳優は、最後の作品も我々に完璧なものを見せてくれた。

近大