「1にドレス、2に恋愛」ファントム・スレッド ピラルクさんの映画レビュー(感想・評価)
1にドレス、2に恋愛
「そのドレスは息をのむ美しさだった」。
文章ならそう書くだけで、あとは読者は好きに想像し見事なドレスがそこにあると認めてくれる。文章なら。
しかし映画だとそうはいかない。色・形あるものとして、実際に見せなければいけない。世界中の誰しもが、とまでは言わないにしても、大多数の人が認める息をのむほど美しいドレスを。
この映画はそれをやってみせて、アカデミー衣裳デザイン賞である。じゅうぶんに納得である。ここに大拍手。
だからあとの、偏屈な男の渋っ面まみれの恋愛はおまけだとみなしてもよい。この映画の宣伝文句をみると、この二人のあいだに生まれた奇矯な恋愛観を持ち上げているけど、そこにあまり先入観を与えてしまうのはいかがなものか。
これぐらいの恋愛観は、ありがちで、むべなるかなである。
まずデザイナーという人種は何事にも、ここはこうあるべきだと断定できる人であろう。客観的にそうだと主観的に決めつけることができて、疑いもしない人である。
家があり、家族がいて、仕事があり、彼女がいる。「男の恋は男の人生の一部であり、女のそれは女の全生涯である」というのはバイロンの言葉だが、つまりはそのあたりの感情のせめぎあいである。繊細で偏屈な男と大胆で素直な女の駆け引きが、生命力旺盛な蔦植物のように出来事をつなげて奥へ深みへと延びていく。そのところどころでドレスが花を咲かせている。この映画はそんな図式だ。
なんら慌ただしくないのに緊迫感は途切れず、映像は静かなのに饒舌で、美しさが正で醜さは悪の世界観に見ているこちらも徐々に支配されていく。
しかし、俳優といい、音楽といい、映像といい、その調和の見事なこと。まるで息をのむほど美しいドレスのようである。そうか、すべては裏糸で縫い合わされていたのかと、これまた綺麗なフォントのエンドクレジットをみて腑に落ちた。