「英国首相のVサイン」ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
英国首相のVサイン
ゲーリー・オールドマンが英国首相ウィンストン・チャーチルを演じ、本年度アカデミー賞主演男優賞を受賞した話題作。
日本人にとってそれ以上の話題はやはり、メイクアップアーティスト・辻一弘の同ヘアメイク賞受賞!
作品自体も興味深いが、まずはこの両名について語りたい。
全編ほぼ出ずっぱり、さながらゲーリー・オールドマン・ショー!
生のチャーチルや肉声は知らないが、相当な役作りやリサーチを重ね、クセのある言動など完コピなのだろう。
幾度も奮う熱弁シーンは圧巻!
変わり者で、ユーモラスで、人間味たっぷりに。
この名優が遂にオスカー俳優になったのはとても嬉しい。
でも個人的には、本作での大熱演も素晴らしいが、『裏切りのサーカス』での渋い抑えた名演が捨て難い。
そんなオールドマンをチャーチルに変貌させた辻氏の驚異的なメイクアップ技術!
安西先生を彷彿させるような頬や顎やお腹のたぷたぷプルプル具合は、とてもとても作り物とは思えない!
実際のチャーチルの画像と比較しても、その再現度の高さに驚き!
日本人の技術がハリウッドの栄えある賞を受賞したのは本当に誇らしい。
独学でメイクアップ技術を学び、ハリウッド映画で手腕を奮ったものの、そのほとんどがSFやコメディばかりで、本当に自分がやりたいものとは違うと苦悩し、一時ハリウッドから距離を置いたという辻氏。
そんな辻氏に直々にオファーしたオールドマン。彼が引き受けてくれなければ、自分もこの役を降りると言ったほどのたっての願いで。
辻氏を信頼したオールドマン。オールドマンの願いに応えた辻氏。
オスカー受賞は、2人の固い絆へのご褒美。
さて、作品の方は、実在の政治家の実録政治劇。
…と聞くと小難しそうに感じるが、思いの外分かり易く、エンタメ性もあった。
言うなれば、苦難に立ち向かった一人の男の物語。
前首相の辞任により、新たに就任したチャーチル。
それは、マイナスからのスタート。
戦局真っ只中。ナチスの脅威が英国にも迫り、侵略の危機すらも。
有事の際の首相就任なんてつまりは全責任を負わされる事になる。
変わり者の性格故、与野党から毛嫌いされている。
さらには、国王からもあまりよく思われていない。
欠点や失策も多々。
国家の窮地に彼のような異端児で務まるのか…?
チャーチルと周りの政治家連中との大きな溝は、考え方の違い。
周りは、ナチスとの和平交渉を主張。
和平交渉と言うと聞こえはいいが、言うなればそれは、人類史上最悪の独裁者に頭を下げ、膝を屈するという事。
英国を侵略と危機から救うには、それが最善策。仕方ないかもしれない。
が、チャーチルの考えは、徹底抗戦。
絶対にあの独裁者とナチスには屈しない。
例え和平案が英国にとって良きものであっても。どんな犠牲を払ってでも。
実際、ダンケルクでは30万人の兵士が追い詰められている。
彼らの救出も無理難題。
国の外にはナチス、国の中には対立する政治家たちという内外に敵だらけ。
立場はダンケルクの兵士たち同様、孤立無援。
こんな苦境に、チャーチルはどう立ち向かったのか…?
こんな苦境だからこそ、強靭なリーダーシップを発揮すべきだが、チャーチルは決してそうではなかった。
苦悩、葛藤の連続。
抗戦か、和平交渉か。
迫られる究極の選択。
抗戦を訴えたが、果たしてそれで正しかったのか…?
ブツブツブツブツ、自分でも何を言ってるのか分からなくなり始める。
あまりにも悩みに悩み、周りに押され、和平交渉案を受け入れようとも…。
そんな揺れに揺れていた時、彼に味方が。
国王。
当初はチャーチルを嫌い、ソリが合わなかったが、何より英国と民の為にナチスに屈しない考えは同意。これまでの微妙な関係が嘘のように信頼で結ばれ、全面的に支持。
そして、チャーチルが最も耳を傾けなければならない者たち。英国市民。
彼らのほとんどの考えも、ナチスには屈しない!戦うべき!
チャーチルが公用車を突然降り、一人で地下鉄に乗り、市民と直に話をし、耳を傾けるシーンはおそらく脚色だろうが、非常に印象的。
安直な和平交渉なんて、結局は政治家連中の身の保全にしか過ぎない。
そしてチャーチルは、決意を固める…。
以前『ローマンという名の男 信念の行方』のレビューでも書いたが、確固な信念など無い。
苦悩し、葛藤し、培われたものが、確かな信念となる。
そして下した決意、選択。
我々と同じ一人の人間としての脆さや芯の強さが、チャーチルを伝説のリーダーとした。
邦題は“ヒトラーから世界を救った男”だが、“ヒトラーと闘った男”の方がいいと思う。
手の平を裏返したVサイン(=クソくらえ)と共に。