「喪失からの再生」ファースト・マン zuiさんの映画レビュー(感想・評価)
喪失からの再生
おかえりなさい、はやぶさ2!
カプセルの中から何が出てくるのか楽しみですね。
世界中が宇宙の神秘に思いを馳せているところで
今日はデイミアン・チャゼル監督による『ファースト・マン』のお話を。
人類で初めて月に降り立った宇宙飛行士ニール・アームストロングの半生を映画化した伝記ドラマです。
ニール・アームストロングを演じるのは『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリング。
ジャズピアニストからいきなり宇宙飛行士とは、彼も幅広い。
いや、てっきり音楽系の映画を撮りまくると思っていたデイミアン・チャズル監督のふり幅こそ驚きに値する。
時代背景が60年代とあって、ロケットなんか今どきの近未来SFに出てくるそれとは桁違いのアナログ感。息苦しいほどに狭い船内はがらくた級に古めかしく、壊れんばかりに軋むさまには否が応でも緊張させられる。
こんなので宇宙に行こうとは正気の沙汰じゃない。
当時のミッションがいかに無謀だったかと驚愕するが、この迫力と臨場感を映像にしたことにも拍手。
一方月面着陸シーンは思いのほか穏やかなのが印象に残る。
アームストロングの偉業を称える伝記とするなら、もっとエキサイティングかつエモーショナルに盛り上げてしかるべきだが、デイミアン・チャズルの演出はひたすら静かだ。それは本作が主人公の喪失と家族との再生を辿るというパーソナルな側面を持っているからだろう。
娘を亡くしたとき、ニールは妻の前で泣くこともしなかった。
ジェミニ計画に関わったのは、「そこに問題があるなら解決したい」と願うニールのエンジニアとしての性(さが)であると同時に、喪失からの逃避でもある。
ジェイソン・クラーク演じる仲間のパイロットがカレンのことを話そうとするのを即座に遮るシーンにも、ニールが数年たってもまだ娘の死を受容していないことがうかがえる。
夫婦で悲しみを共有できなかったことは、妻ジャネットとの間に溝を生じさせることにもなったに違いない。
月面着陸は、ニールにとって家族の絆を取り戻すためのミッションでもあったのだろう。
月面でカレンの小さなブレスレットを捨てる瞬間は、『タイタニック』で年老いたローズが海原にダイヤを捨てるシーンを思い出す。あの瞬間、ニールは喪失を乗り越えたのではないかな。
ラストシーン、ガラス越しに対面する二人にはまだ溝を感じたけれど、ようやく重ねた夫婦の指先にかすかな希望が宿ったようにも見えた。
小さな一歩。家族の再生はこれから・・と。
公開後も作品の評価は分かれていたと記憶してるが、私はこれ好きだな。
音楽がやっぱり『ラ・ラ・ランド』なところが特に好き。