「月に行くことで亡くなった娘に会え、大きな喪失感を彼女の形見と共に葬れた」ファースト・マン Kazu Annさんの映画レビュー(感想・評価)
月に行くことで亡くなった娘に会え、大きな喪失感を彼女の形見と共に葬れた
高揚を抑え偉業を淡々と冷静に描く演出、及びニール・アームストロングを演ずるゴスリングの感情表現を減じた演技には好感を覚えた。
デイミアン・チャゼル監督による2018年公開の米国映画。脚本はペンタゴン・ペーパーズで知られるジョシュ・シンガー。原作はジェームズ・R・ハンセンによるニール・アームス
トロングの伝記。撮影と音楽がラ・ラ・ランドのリヌス・サンドグレンとジャスティン・ハーウイッツ。製作総指揮がスティーブン・スピルバーグら。配給はユニバーサル。
出演は、ライアン・ゴスリング、クレア・フォイ、ジェイソン・クラーク、カイル・チャンドラー、コリー・ストールら。
テスト飛行時の異常高度到達で映画は始まる様に、ニール・アームストロングの個人史に忠実な様だ。緊急事態が発生しても決して動ぜず、幼い娘が脳腫瘍で亡くなっても人前では涙見せないゴスリングによるアームストロング像に、リアリティを感じた。特に、アポロ計画でのランデブーの軌道と速度に関する理論的講義に面白さを感じる感性の描写で、後に大学教授となる彼の資質を上手く表現していた。
加えて、多軸制御訓練での気絶後の再度チャレンジや死亡事故に関する憶測的発言の強い否定が、ファーストマンになり得た優秀性をさりげなく示し、良い脚本と思った。
メインテーマは米国映画らしく家族への愛、中でも亡くなった娘に対する大きな愛と喪失感。葬儀の日に月のアップ映像が挿入されるが、どうやら月に行くことの意味は娘に会え喪失感を葬れるという解釈らしい。娘の形見をクレーターに投げるゴスリングの姿が、映画のクライマックスの様であった。映画全編に散りばめられる家族のシーンでのハーウイッツによる甘く美しい音楽に、情感を揺さぶられた。
宇宙飛行士の妻の、命懸けの仕事を見守る苦しさも丁寧に描かれていた。映画の中でも5名の宇宙飛行士が死亡し、ニールも月面着陸訓練機操縦で死亡寸前ギリギリの脱出。明日は我が夫かと思う妻の苦悩はもっともで、それを演じたクレア・フォイによる演技のリアリティはお見事。特に月に向かう前に、息子達への説明を強く要求するクレア・フォイの姿は、母として健気でもあり、妻としては重要な仕事前の夫には嫌なところでもある。そういえば、葬式の時に手伝う妻1人置き去りにして、さっさと自分一人で帰宅する妻に配慮をしないニールの姿も描かれていた。
そして最後、マスコミの前では笑顔見せていたクレア・フォイは、ゴスリングとのガラス越し再会で笑顔一つ見せない。今一つ自分にはしっかりと理解出来ないが、たとえ英雄として帰ろうと、蓄積した事故への恐怖は彼女の許容量の限界を超えてしまったのだろうか?二人は実際、離婚するらしいし。ただ彼女の青い眼球のアップ映像の意味するところや指の重ね合いは、ゴスリングの地球に及び家族の元に帰ってきた安心感を象徴している様にも見えるのだが。
CBさん、レビューへのお褒めのコメント有難うございます。
未だラストシーンが十分に解釈できずにいます。まあラ・ラ・ランドと併せて考えると、大きな困難な夢を成就するには痛みや喪失、この場合は(本人の喪失感は葬られらたが)妻からの無垢な愛の消失、が伴うという提示なのでしょうか。