「退屈でつまらないが」ファースト・マン カンワさんの映画レビュー(感想・評価)
退屈でつまらないが
人類初月面着陸の偉業をなしたニールアームストロングの自伝的映画。しかしこの映画の中心的要素は人類未踏への「挑戦と栄光」ではなく、「最愛の娘を失った男の悲しみ」である。チャゼル監督過去作で語られていた「夢への挑戦と犠牲」でもない。と思う。
全体的に淡々とドキュメンタリーチックに描かれる今作品は演出に起伏がなく、盛り上がりに欠けエンターテイメントとしてはあまりにも退屈。くしくも題材がアポロ11号月面着陸という歴史的にもセンセーショナルでドラマチックな内容ゆえに「偉人ニールアームストロングの挑戦と栄光」を期待する。しかし開けてみれば淡白で味気なく、陰鬱で暗い展開の数々に拍子抜けするだろう。驚くことに今作品はニールアームストロングの輝かしい部分には焦点を当てない。(少なくとも彼の優秀さなどは強調されず、無愛想な気難しさばかり)ニールアームストロングという「一人の男の悲哀と再生」の物語という風に作品を捉えることができれば映画の印象は大きく変わる。以下ネタバレ
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冒頭から幼い病弱な娘の死で始まる。娘に対して献身的だった男ニール(娘のために田舎に住み、仕事よりも娘の治療優先)。そんな男ニールが娘の死をきっかけに変わってしまう。
娘の死後、悲しみから逃れるように仕事に没頭し始める。そして月面着陸という前代未聞のチャレンジに挑戦するニール。見事月面計画候補生に選ばれ、厳しい訓練を通じて気の合う同僚との交流を重ねる。ニールは笑顔や冗談を言いあえるほど精神的に回復する。
しかし同僚の事故死が起き、娘の死がフラッシュバックしてしまう(葬儀場にて娘の幻影を見る)。実際のところニールは妻のように娘の死を受け入れられておらず(彼は同僚や妻にすら娘のことを話すことができていない)、今度は妻や息子に無関心となるまで仕事にふさぎ込む(娘に対してあれほど献身的だったニールとはまるで別人)。
その後ニールは実験飛行での事故に見舞われるも間一髪で生還を果たす。相次ぐ事故や社会情勢の変化に伴い世論が月面挑戦へ懐疑的になる。一方で冷静な事故対応が評価され、月面挑戦へのステップを駆け上がるニール。着々とパイロットとしての信頼を得ていくにつれ、精神的に落ち着きを取り戻し妻や息子とも向き合い始める。そして同僚にも娘の死のことを匂わせ(ブランコ)、ついにその死を受け止められるかに思えた。そんな矢先、またもや同僚に悲劇が起こってしまう。
度重なる同僚の死、無表情で無愛想に拍車がかかり不気味さすら持ち合わすニール。相次ぐ事故に不安を感じる妻。それでもニールは仕事一辺倒でアポロ打ち上げ直前にすら家族と頑なに話し合わない。そんなニールにしびれを切らした妻は彼を叱責し家族と話し合うよう促す。妻に叱責され出発直前に息子たちと会話をするニール。しかし会話するにも心ここにあらずで最後まで不器用なまま家族との別れとなってしまう。
そしてアポロ11号で月に向かうニール。(発射と着陸だけで宇宙空間での移動や生活など全く描かれない)ついに月面に着陸し、かの名台詞(人間にとって一歩転々)を吐く、がどこか投げやりで無味乾燥とした演出がなされる。(歴史的出来事であるのに)
人類初月面着陸という偉業を成し遂げ辺りを見回すニール。その胸中では歴史的達成感でなく個人的な感覚、最愛の娘と家族が浮かぶ。(正直このシーンを見るまではニールという無表情で無愛想な男の胸中は見当がつかない。それゆえニールの印象同様映画全体が無感動で退屈な雰囲気で進む。ニールの娘についても示唆的で曖昧な表現が多かったがこのシーンを通じニールが娘の死に囚われ向き合えていなかったことがはっきりと演出される)月面にてやっと心から娘を意識しそして涙する。(序盤の娘の死から徐々に徐々に感情を失い機械的で無機質な男となっていくニール。そんな作品ゆえのニールの純粋な涙、カタルシスを感じさせるほど素晴らしい展開だと思う)娘の形見であるブレスレット(アポロ打ち上げの会見でも触れられていた「月面に持っていくとしたら」が実は娘の形見であり、描写はないがニールがこの形見を大切にしていて常に肌身離さず持っていたという可能性すら妄想できる)を月面においていきニールは地球に帰還する。(大切にしていたであろう娘の形見を手放すことで娘の死からの開放克服が暗示される。)
月面から帰還すると検査のため隔離措置をとられるもTV を通じて世間の称賛を実感する。隔離措置のためガラス越しに妻と二人っきりで再開するニール。出発前の喧嘩別れを引きずり、ぎこちない両者。そんな中でニールから妻に対して愛情を示す。ニールを変えてしまったあらゆる呪縛から解き放たれ、その後の人生が明るいであろうことを想像させつつこの映画の幕切れとなる。
全編を通じて眠たくなるような退屈な映画ではあった。しかし月面着陸後の演出は感動的でそれだけでも今作の評価を大きく引き上げるに足る。と思う。「大偉業に挑戦する偉人」ではなく「悲しみに囚われる個人」という形に映画を鑑賞できれば多少は今作も見やすくなる。