「月に憑かれた男」ファースト・マン 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
月に憑かれた男
『セッション』『ラ・ラ・ランド』のD・チャゼル監督が
前作主演R・ゴズリングと再タッグを組んだドラマ作。
アポロ11号の船長ニール・アームストロングが月面着陸に
成功するまでの苦難をドキュメンタリックなタッチで描く。
月面着陸は1969年ということなので、
なんとかれこれ半世紀前の出来事!
ぼくらの生まれてくるずっとずっと前にはもう
アポロ11号は月に行ったっていうのにね(←危ない)、
科学技術の発展した現代でもあまりにスケールの大きい
話で、未だに現実離れした話に思えてしまいますね。
なんでも当時、アポロ11号に積まれたコンピュータ
の処理速度はファミコン並みだったんだとか。
ニンテンドースイッチでもスーパーファミコンでも
無いですよ、ファミコンですよ。マンマ・ミーア。
そんな技術で月面着陸という離れ業を成し遂げる
までには、一体どれほどの困難があったのか?
...
『実現不可能なミッションに挑んだ男の不屈の姿と
宇宙へのロマン』……みたいな熱いドラマを期待
されている方もおられたかもだが、この映画は
そういったノリの作品では無かった。
この映画で仔細に描かれていたのは、
『月へ降り立つ』というミッションがどれほど危険で、
狂気じみていて、恐怖に満ちていたかということ。
ストレートに恐ろしいのは発射シーンでの音と振動だ。
打ち上げてから大気圏を抜けるまで延々と続く、
耳をつんざくジェットの轟音、そして"ギギギギギ"
と金属どうしが揺れ擦れ軋んで絶叫し続ける音。
これだけでかなりの恐怖。「今にも空中で
バラバラになるのでは……」とイヤな汗が出る。
いざ無音になっても恐怖は続く。当然だが乗組員たちは
操縦を自ら行わなければならない。操作ひとつ誤れば
墜落死、あるいは死ぬまで宇宙の暗闇を彷徨うことに
なるわけだが、その判断材料は狭い狭い窓から見える
風景や、計器の針くらいのものだ。
ただでさえ心許ない状況にくわえ、
頻繁に故障や予期せぬ動作まで発生。
故障が原因で意識を失うほどの高速回転に晒されたり、
月面着陸直前で謎の警告ブザーが鳴りまくったり……。
最悪はあの、発射リハーサルでの爆発炎上事故である。
(あの事故の原因としては、ドア開閉等による電線皮膜
の破損とか、宇宙服が静電気の発生し易い材料で出来
ていたとか、検証不足な点が色々とあったらしい)
誰も成し遂げたことのない手探りでの挑戦なのに、
ソ連との宇宙開発競争に是が非でも勝ちたいという
事情を優先させて超特急で進められたプロジェクト。
検証不足な部分が山積みのままのあんな不確実な
代物に人を乗せて飛ばしていただなんてゾッとする。
...
本作で描かれる主人公ニールは真面目で技術にも強く、
先述のような予期せぬトラブルに巻き込まれても
そこから冷静に修正する能力に長けていた。しかし
パイロットとしては優秀でも性格はかなり内向的で、
独りで色々と背負い込んで自らを追い詰めてしまう。
終盤では自分の身を案じる妻の声も耳に入らず、
父と会えずに寂しい息子達すらもないがしろにする。
自分の命も顧みず過激な訓練に挑むニールに、上官が
「そこまでの代償を払う必要があるのか?」と問う
場面で、ニールは吐き捨てるようにこう言い放つ。
「質問するのが遅過ぎたな」
娘の死という大きな悲劇を経験し、そこから前進
する為に選んだ夢。だが心を開いた仲間たちは危険な
任務で次々と命を落としてゆく。世間からは失敗の責任
を問われ、「金の無駄遣い」と後ろ指も指される日々。
だが計画を諦めてしまえば、多くの仲間達の死は一体
何の為のものだったのか。娘の死を乗り越えるべく
目指してきた夢なのに、それを捨て去るのか。
『月へ降り立つ』というニールの"夢"は、いつしか
ある種の"呪い"と化していたように思えた。
だが、遂に月へと辿り着いた彼が、月面から地球を
見上げる場面。ずっと目指していた月は、墓場のように
静まり返った荒涼たる死だった。そこでニールの脳裏を
よぎる、空の青い星で家族と共に生きた日々。あのとき
彼はようやく背負ってきた多くの死から解放されて、
今生きている者達に目を向けられるようになったのかも。
...
『セッション』、『ラ・ラ・ランド』、そして
今回の『ファースト・マン』と、これまで公開
されたチャゼル監督の作品は毎回ジャンルが
異なっているが、この3作には共通点が見られる。
それは、大きな夢を追い求めることの代償。
一流ドラマーという夢の為に人間性を失い狂気へ向かう男、
それぞれの夢の為に愛する人との別離を迫られる男女、
そして本作の、『月へ降り立つ』という夢を追い求める
あまりに、家族や周囲と心が離れてしまった男。
彼の監督作品で語られる“夢”は煌びやかで美しい
ものではなく、いつも主人公とその周囲の人生を
崩落させ兼ねない重みをたたえている。
本作のラストも「夢が叶って良かったね」という
単純な喜びではなく、その為に様々な大切なものを
傷付けてきてしまったという重苦しさが漂っていた。
...
だがニール達の成し遂げたことは、
決して宇宙開発競争での勝利だけでは無かったし、
自分自身の枷を外すことだけでも無かっただろう。
「なぜ最も高い山へ登るのか? なぜ大西洋
を横断するのか? なぜ月を目指すのか?
なぜならそれが容易ではなく、困難だからです」
ニール達は不可能とも思える困難な夢を現実にした。
そしてこの半世紀、「人が月へ降りた」という出来事
に目を輝かせ、ドでかい将来の夢を抱いた子ども達が、
世界中に一体どれくらいいただろうか?
もちろんその全員が夢を成し遂げられるはずはない。
志半ばで倒れた人の方が遥かに多いに決まっている。
だけどもし力量が同じ人なら、100km先を目指した人と、
10000km先を目指した人では、倒れた場所はきっと違う。
大きな夢は人の限界を押し上げるのだ。そして、
そんな夢を何百万もの人が共有したなら、それは
人類の限界をも押し上げる、凄まじい作用をこの
世界に及ぼしていたのではないか?
ニール達は、単純な金銭では測れない所で世界を
より良い場所に変えたのかもしれない。
...
最後に不満点とまとめ。
本作は飛行シーンをコクピット内の目線から
ドキュメンタリックに撮ることで臨場感を
演出しているが、それがそのまま画の見づらさ、状況
把握のしづらさに直結してしまっている点がやや残念。
また先述通り"夢の代償"という沈んだテーマにくわえ、
内向的で物静かなニールを筆頭に感情表現は抑え気味
で気持ちを読み取りにくいシーンも少なくなく、
物語のテンポも淡々としているため、ドラマ的な
感動は得づらい作りとも感じた。
しかし当時のパイロットやその家族たちの苦難を念入り
に描いた点や、徹底的にリアルに描いた壮大な宇宙の
映像は観る価値ありだし(クライマックスの月の映像
なんて鳥肌もの!)、極めて現実的に"夢の代償"を
描いたからこそ、あの月面着陸が精神的にどれほど
困難な偉業だったかを今改めて感じ取ることが
できるのだろう。良い映画でした。4.0判定で。
<2019.02.09鑑賞>