「”すぐわからないもの”を感じさせる普遍的な空気感」日日是好日 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
”すぐわからないもの”を感じさせる普遍的な空気感
樹木希林。「モリのいる場所」、「万引き家族」に続いて、今年はこれで3本目。最後の最後まで現役女優を貫いた生き様であった。
3連休に合わせた1週間前倒し公開は、ある意味で"便乗"だが、映画が興行である以上、いそいそと通って、故人をしのぶこともまた供養。館内も故人きっかけで話に花が咲く。
とはいえ、本作の主演は樹木希林ではなく、黒木華だ。希林さんの訃報がなければ、映画ファンとしては、"黒木華×大森立嗣監督"の初タッグが見どころである。あらゆる映画監督が皆、ラブコールを送る女優である。むしろ樹木希林さんのほうが、黒木華主演のオファーに引き込まれたとしても不思議はない。
本作は、森下典子のエッセイ「日日是好日『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」を原作としたもの。作者の25年にわたる茶道経験を綴ったものだ。
ふつうの女学生・典子(黒木華)は、従妹の何気ない一言から二十歳で茶道教室に入門する。そこから就活・恋愛・失恋・従妹の結婚・独立・家族との別れ…人生を通して変わっていく自分をとりまく環境と、変わっていないようで変わっていく茶道が教えてくれる人生への気づきが、静かに淡々と語られる。
かしこまったイメージのある伝統文化の"習い事"には、つい身構えてしまいそうになる。しかし長い時間をかけて完成された様式美は、日々の暮らしに寄り添ったものであることを初心者に易しく、ときにコミカルに描かれる。
エッセイ集の忠実な実写化ということもあり、主人公・典子のモノローグが大半を占める。セリフは最小限で、茶道のシーンも無言であることが多く、そのぶん、"間(ま)"や"空気感"が際立ち、季節の移り変わりに伴う、"自然界の音"が重要な要素となっている。
静寂を楽しみたいと思うと、普段はまったく気にならない空調(館内エアコン)の音が気になるほどだ。季節外れの真夏日が恨めしい。
印象深いのは、季節とともに変わっていく、茶室の庭、掛け軸(の文字と絵)、着物、お茶菓子、雨の音などの変化。脚本も自身で担当する大森立嗣監督だが、セリフではなく、役者の所作と季節を捉えた画で見せる作品となっている。
そんな中で、黒木華はずっと出ている。茶道の初心者だった女学生が、手慣れた経験者になるまでの時間を演じる。
いつもは余裕さえ感じる黒木華の演技だが、40代だけは少々厳しかった。着物やかつらだけではごまかせない、肌はまだ若々しいしね(特殊メイクすることまでは及ばなかったのだろうか)。
対して、茶道教室の武田先生役を演じる樹木希林はさすがである。歳を重ねるほどに身体は小さく丸まり、動きはゆっくりとなる。なんとまあ。
自身の魅力であるひょうひょうとした滑稽さも出しながら、演技を達観した自然体に見える所作は、安心して観ていられる。大森監督の意図した仕掛けもあるだろうが、なにげなく金言を漏らす役柄は、樹木希林そのもの。
茶道でもっとも有名な言葉「一期一会」や、タイトルの「日日是好日」など、この作品には様々な名言が多く登場する。なかでも本作をいい表わす印象的なフレーズも出てくる。
「世の中には、"すぐわかるもの"と、"すぐわからないもの"の2種類がある。‥‥すぐにわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ気づいて、わかってくる」。
じんわりとしみ込んでくる言葉である。
(2018/10/6/シネスイッチ銀座/シネスコ)