「あまりにも酷い…」007 ノー・タイム・トゥ・ダイ Ishさんの映画レビュー(感想・評価)
あまりにも酷い…
緊急事態宣言解除記念にレイトショーで観てきました。
ピアース・ブロスナン版が好きだった自分は、金髪碧眼の新ボンドとしてダニエル・クレイグを見たときは、「こんなのイギリスの諜報員じゃなくてソビエトのKGBじゃん!」と、あの当時多くの007ファンがそうだったように「あるべきボンド像」との乖離をなかなか受け入れられない一人でした。
それでも、その違和感は第一作目の「カジノロワイヤル」、続く「慰めの報酬」でダニエル・クレイグが必死に「新しいボンド」を造り上げたことで、むしろ強い好感に変わり、旧態依然の考えに囚われていた自分を恥じ、それからはダニエル・クレイグ版のボンドに深い敬意と愛着を持ってこれまでの作品を観てきた(つもり)。
というのがこのレビューを書いている私の007シリーズに対するスタンスです。
「細かいことを考えてはいけない」というお約束はシリーズ全体に通して言えることですし、脚本の粗についてもそこを指摘してしまうと物語が成立しなくなってしまうので、ほとんどの007シリーズファンと同様にその辺りは自分もめちゃくちゃ寛容な方だと思います。
それであっても、あまりにも、本当にあまりにも酷い出来で、見終わってからの「これが夢であってほしい」と思う気持ちをどうにかして吐き出さないと寝られないというレベルで、私の心が緊急事態です。
前述したように「細けぇこたぁ良いんだよ」という精神で観ていても許容できないレベルのおかしな脚本で、それに言及するにはネタバレは避けられないので書きますが、子供が産まれるのもその子がドタバタに巻き込まれるのも予定調和の範疇で受け入れるとして、あまりにも扱いが雑。
諜報員007としてではなく一人の男として、愛した女性(マドレーヌ)との間に子供ができるのも(あんだけ四六時中お盛んなら)当然でしょうが、別れの列車のなかであんなに分かりやすく「つわり」に顔を歪ませる程度まで母体の状態が進んでいたら、数か月前まで童貞だった高校生の男子でもさすがに気付くと思います。
一人の男として愛した女性とそのお腹の子供を、スパイ時代の名残りである「裏切り」への過剰な猜疑心によってあっさり捨てる。
男としても失格なうえ、彼女は無実だったので結局はスパイとしても失格というどっちも貫徹できないダメダメっぷり。
ダメダメなのは世界を滅ぼすポテンシャルのある化学兵器をこっそり開発して、そんな危険なものをレーザーでジュジュジュっと焼き切れる窓ガラスで簡単に侵入できるバイオセーフティレベルの建物(しかも市街地)で保管し案の定あっさり盗まれるイギリス諜報室も、
その庇護の下にあり、国際的犯罪組織のリーダーにも医師として独占的に観察ができるほど重要な立場にいて、さらにスパイが元カレで数多の死線を自力でくぐり抜けてきたほど強いくせにチョロっと脅されただけで殺人に加担しちゃうマドレーヌ(レア・セドゥ)も、
いくらでも他に「効率の良い」方法があるのに、雰囲気重視なのか(「スカイフォール」のときの軍艦島をアジトにするという設定を気に入ったのか)、あえて第二次大戦時の古い古い潜水艦建造施設でちまちまと化学兵器を増産してる敵(ラミ・マレック)も。
とにかく全部が全部ダメダメで理解も共感もできない状態で進んでいくので、気にしないということができないうえ、映画製作で重要な「削ぎ・剥ぎ」ができていないため上映時間が異常に長く、膀胱爆弾が破裂しそうな猛烈な尿意とも戦いながら鑑賞しなければいけないので、興業作品として成立していない。
黒人女性の007も、いかにもうるさいポリコレに配慮した配役だけれど、見せ場も無ければ裏切りもしない、ただ黒人差別主義者をスクリーンのなかで殺してスカっとBLM運動しただけじゃ、むしろ「ポリコレってクソだろ?」ってメッセージを伝えたいのかと歪んだ見方をしてしまう。
日系人であるフクナガ監督がいかに日本の文化や「禅」について間違った捉え方をしているのか、というのもあの階段で上がりなぜか羽毛が詰まったクッションが置いてある、土下座みたいなポーズをさせるためだけに作った「和っぽい何か」の空間を見れば分かるし、いっそ毒々しい色のカリフォルニアロールでボンドをもてなしてあげて欲しかった。
全編通して最も致命的だなと思うのが、「女性を美しく映す努力」をほとんど出来ていないということ。
徹底的に一人の男としてのジェームズボンドとその妻(&子)との話にしたいなら、キューバで出てきた「初々しくてちょっと危なっかしくてとびきりチャーミングな美人諜報員(戦闘員か)」はいらない。
出すならレア・セドゥも初出の列車でのドレスほど華美にする必要はないにせよ、妻として母としての魅力を含めた大人の女性の美しさを映し出してあげてほしかった。
ヴェスパーよりはるかに重要な役だから二作続けて出演させてるはずなのに、最初から最後まで何のために居るのか分からないような印象しか付けられなかったのは監督の力量不足だと思う。
女性に限らず、「カジノロワイヤル」のル・シッフルのような色気までは無理でも、「悪の美学」を感じるような敵役にしてほしかったし、
本作ではとにかくボンドにベラベラと喋らせ過ぎて、めちゃくちゃ底の浅い男に見えた。
まともに喋らせるとそこが露見するから今まで冗談や皮肉がメインの性格にして口数が少ないように演出していたんだと思うが、最後の最後に功労者のダニエル・クレイグへの配慮がむしろ逆効果になってしまったように思う。
007はこれからも続いては行くだろうが、間違いなく世紀の大失策と言われるような駄作だった。
先程、DVDを観終わり、あまりにひどい出来だったので、先にご覧になられた方の感想知りたく、ググりました。ピアーズ・ブロスナン贔屓からKGBまで、その後のクレイグシリーズ へのスタンスが全く同じ方に出会えてホッとしました。本作への感想も徹頭徹尾、同感でビックリです。おかげで、駄作を観た後の喪失感が、かなり緩和されました。ありがとうございました!
機体ダニエル・クレイグの007シリーズ、本作も楽しみにしていたたのだが、途中から違和感が増幅して集中出来ず、終盤に至ってはC級映画、見終わって啞然としてしまった。別の意味で暫し離席できず。
オレだけ?感性鈍ったか?と思ったら、的確なこの評価に出会い安堵?。悲しいけどほぼ同感。
「あまりにも酷い...」