詩人の恋のレビュー・感想・評価
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ヤン・イクチュンの内面の表現に心奪われる
吹けば綿毛のように飛んでいきそうな小さな映画だが、眩い日差しは時に神々しく登場人物の相貌や胸のうちを照らし、私たちに忘れがたい瞬間をもたらしてくれる。物語はその冒頭、詩人の詠んだ作品が「人生の美しいところばかりを見ている」と手厳しく評されるところから始まる。それはまさにおっしゃる通りで、この2時間の旅路で彼が様々な心の変遷を重ねるたびに、詩の表現のみならずこの映画の質感までもが光と影を帯び、奥深さを増していくのだから面白い。悲しみや苦しみを描くことで繊細な光は一層際立ち、また、一言で希望と言っても、そこには実に様々なかたちがあることを教えてくれているかのよう。物語を彩る人物も環境もほんの最小限ではあるが、これだけの要素で多様な感情を織り成していく手腕に心奪われる。何よりもヤン・イクチュンの、決して代表作のようなフィジカルさではない”内面の見せ方”に恐れ入るばかり。なんと奥深い俳優なことか。
母は強し、詩人は弱し
たいした収入もなく、詩を書いてもあまり評価されない、実質ヒモ状態のテッキ。しっかり者の妻に頭が上がらず、最近は妊活のため協力するよう仰せつかっている。そんなどんよりした日々を送る彼に、目の覚めるようなことが!
ドーナツショップの店員セユンと距離を縮めていくテッキ。家庭環境が恵まれないセユンを援助するが、これが愛情なのか同情なのか…? すったもんだしてるうちに、妻から妊娠を告げられるが、テッキは妻と別れようとする。このへんのテッキの心情は、よくわからない。ただ責任から逃げたいだけなんじゃないのか。
結局妻のところに戻ったテッキは、少し大人になった。それが作風に深みを与えたのか、数年後詩人として評価された。だけど、セユンを思い出して、ひとり静かに涙する。
のんびり屋のテッキの、困ったような顔がかわいかった。ドーナツの味に衝撃を受けた時の顔もおかしかった。学校でこどもを相手にしてる時の、にこやかな顔も微笑ましい。この人、要は中身がこどもなのよね。そのピュアさを理解し、守り、時に叱咤する妻のガンスンは強い。とてもじゃないが、テッキは敵わない。母は強し。
BS松竹東急の放送を録画で鑑賞。
分からないけど、すごく好き
正直、全てを理解できた訳ではないと思う。
穏やかに進むストーリーの中に熱いものが感じられる。
紡がれる詩には、何となく分からないけど何となく分かるなぁ〜という中間を行き来していた。
テッキとセユン、恋というより「詩」や言葉で紡がれた内面性に惹かれあってしまった二人なのかなと思った。
男や女の前にひとりの人間として惹かれあってしまったのかもしれない。
何度か見て、ちゃんと理解したいと思う。
ただ、ただ何となく好きだった。
物書きには分かるのかもしれない。
綿毛のような苦しみ
悩める詩人テッキをヤン・イクチュンが、明け透けな物言いをする妻ガンスンをチョン・ヘジンが好演。
青年セユン( チョン・ガラム )に寄せるテッキの思いとは…。
韓国作品特有の悲哀とユーモアを織り込み、それぞれが抱える心の揺れを描く。
BS松竹東急を録画にて鑑賞 (字幕版)
よかった
結婚している詩人が同性愛に目覚める、というかドーナツ屋の店員に恋をする。登場人物みんなの心が行違って遣る瀬無い。寝たきりのおじいさん、うちも高齢の母がいつそうなっても不思議じゃないため見ていて切ない。最後は奥さんとの間に子どもが生まれて作家としても成功して丸く収まる。
恋、、、
詩人の生活が興味深いと思っているうちに、こんなに切ない恋もあるんだなーと近頃感じないきゅんとしたものを感じました。
セユンがちょっと怖そうな、ずるそうな、純真そうないい顔をしていて、引き込まれました。
肥満が希望(ヒマン)?
BLモノかLGBT問題の映画かと思ったら、全く違っていた。むしろ、家族の問題で貧困に喘ぐ家庭や介護の問題、詩で生活をしようとするもスランプに陥りダメ男になっていく様子を描いた作品でした。主人公テッキを演ずるヤン・イクチュンのだらしなさいところは役作りに精出したのだろうか、『息もできない』や『あゝ、荒野』とは違ったキャラなのに見事に演じ切っていた。
不妊の問題が起こり、経済的な理由や親としての責任などを考え、子どもは要らないと言葉にはしないものの気ままに生きていきたい詩人。詩は同級生からも難しすぎると評されるほど難解だが、何度か賞ももらっている。通俗的でもないし、メッセージ性もないので、個人的には読みたくもないほど。小学校の講師をするほど頭の良さを見せるけど、やっぱり基本的には子ども嫌いなのだと想像できるのです。
流れとしては、美男子に恋してスランプ脱出する展開。子どもだって好きになっていく。ゲイの描写はなく、詩人としての頭の中だけだったのだろう。金を渡すことによってその世界を教えてくれたセユンに区切りをつけたのかもしれません。
結局、純朴であるために結婚生活も流されるまま。頭の中に靄が立ち込めていたのか、ドーナツを食うことによって血糖値が上がり、抑えてきた感情が爆発したような気がする。テッキは中年の腹になってきてるし、やがてメタボになっていく将来が見える。テッキには済州島という枠に収まることなく、色んなテーマで詩を書いてほしいものだ・・・なんのこっちゃ。
奥さんはすごくいい人
ヤン・イクチュン演じる主人公は詩人で小学校で詩を非常勤で教えている。稼ぎは月30万ウォン。日本円で3万円。詩なんか書いて、ゲイジュツで飯が食えるか?
食えるのである。結婚していて奥さんが稼いでいる。1人で生活が出来ないなら愛する人と2人で仕事して慎ましく生活できればそれでいい。庶民的な結婚がきっちり描かれていて素晴らしいが、特殊な点は夫が詩人であるという点だ。
詩人で稼ぎも少ない上に、精子もかなり薄いため子供を作るのが難しい。詩人仲間のうちで詩を披露すれば、綺麗なことばかりうたって、現実の悲しみや辛さがうたわれていないと非難される。詩もまだ大成していない。つまり夢みるゲイジュツ家は不具者という扱いだ。
それでも彼を愉快に見守る奥さん。ほんとにいい人だ。こんなにいい人と一緒にいられること自体がファンタジーである。辛めの批評をする詩人仲間に言われた、"現実と向き合わない"彼の詩的世界にしか存在しえない人。
落ち込んでいる彼に近所にできた店のドーナツをすすめる奥さん。美味しくて元気になり、ドーナツにハマり通いつめていくと、そこには若くてハンサムな青年がアルバイトをしている。
そんな彼が若くてキラキラして見えていたのに、実は家庭問題を抱えて貧しいため学校も辞めてアルバイトをしていることが明らかになる。
辛い他人の現実を突きつけられ感情移入していくうちに主人公は、その青年を救いたい気持ちが強くなっていく。青年その人やその青年の抱える現実の辛さに惹かれていく。それが、ホモセクシャルな関係であるかのように描かれる。結局、本当にホモなのかどうかはわからないままだが。
夢みるフワフワした詩人が辛い現実を目の当たりにして、詩人としての腕を上げていく。自分の現実には無頓着なくせに他人の辛い現実には非常に敏感である。他人の辛い現実への異常なほどの執着。
この異常な執着こそが詩人の恋といえるもの。ゲイジュツ家は自分自身の人生よりも他人の人生に人一倍関心をもちそれを作品にして多くの人を感動させることができる。自分自身のことはあまりにもつまらないから、他人の人生にハマり、それを詩にして、芸術的に成果をあげようとした。主人公は奥さんとの関係を捨てて一緒に2人で生活して、君は大学に言ってやりたいことを見つけるべきだともいうまでになる。そこまで他人の人生に介入する。だけど、所詮は他人の人生である。変態扱いされてしまう始末。こんなに想っているのにどうして?青年との関係を詩にして文学賞を受賞したとき、君を利用したというセリフをはき、少し冷静になったようだが、彼のことが気になって仕方がない。しあわせな自分の家庭生活よりも他人の人生に介入したくて仕方がないのだ。
そんな裏で、訳の分からない詩人の奇行に付き合い、子供が欲しいという庶民的なしあわせに一生懸命な奥さん。この人こそが、夫のゲイジュツを支えていることは間違いない。主人公は自分の人生には興味がなく、そういう身近に素晴らしい存在がいても無関心。こんなゲイジュツ家を愛してくれる、現実にはありえないような素晴らしい存在こそが実はほんとの夢であり、芸術なのではないか。こんないい人現実にはいない。
他人の辛い現実を知って自分の詩的世界を広げること以上に、身近に詩的な夢的な存在がいるということに気づけない。こっちのほうがもっと辛い。
セクシャリティー
詩人のクズっぷりにイライラしたのは、監督の手腕であろう。
ただ、そもそも、二人のセクシャリティーは何だったのだろう。
「ブロークバックマウンテン」や「ムーンライト」のように、その感情の変化がわかる映画は感情移入が出来たのだが、今作では、そこが曖昧だった。
何なんだ?
精子の少ない夫が夫婦で妊活してて、やっと妊娠したと思ったら若い男が好きで家を出て行くと言い出す夫の話。
売れない詩人の夫を生活面から支えてる妻。
感情移入できるとしたらこの妻だけ。
この夫は何なんだ? アホらしくて退屈だった。
【"同情ではなく、愛情だ・・。" 心優しき”劣精子症”の詩人とその妻、詩人が愛してしまった”人物”との関係性を前半はコミカルに、後半は切なく描いた作品。】
-詩人のテッキ(ヤン・イクチュン)は、数年前の受賞以来、鳴かず飛ばずで、妻ガンスン(チョン・ヘジン:コミカルな演技が絶妙に良い。)の稼ぎで暮らす日々。
そんな時、近所に開店したドーナツ屋さんの美青年セユン(チョン・ガラム)に、魅了され・・-
◆前半は妻からの"子供が欲しい!"攻撃にタジタジするテッキ。そして、まさかの劣精子症の診断が・・。
-微妙に可笑しい。ガンスンは騎乗位がお好きな様だが、テッキとの力関係も示しているように見える。-
・ある日、セユンが勤めるドーナツ店でのトイレでのセユンと女友達の行為を目撃したテッキは激しく欲情するが・・
-彼が欲情したのは、どちらの姿を見て? それにしても、コップ一杯って!尾ひれ着きすぎでしょう!-
・セユンの家庭事情が明らかになる後半は、シリアスモードに。
-懸命に支えようとするテッキ。本当に真剣にセユンを心配し、愛しているんだね。その姿を見て、漸く子供がお腹に出来たのに、戸惑うガンスン。-
・”心の痛み”を創作意欲に変換したのだろう。テッキは見事に受賞。
バイク便で現れたセユンに5000万ウォン(235万円位・・。)のカードを渡し、"僕も君を利用したから・・"と話すテッキ。
-セユンとの辛い恋を詠んだ詩集が、受賞したのだろう・・。-
<”一緒に行こう”と、嘗てテッキが口にしたセリフを口にするセユンに”新たな道を・・”と話し、(受賞したお金で)立派になった家の中での穏やかな表情のテッキ。
その横には男の子がスヤスヤと眠っている。
待望の男の子の額にキスをするテッキの姿は"憑き物"が落ちた様に、穏やかだった・・。素敵なラストである。>
当たり前にしかストーリーが進まないので、切ないとかは感じないかな。...
当たり前にしかストーリーが進まないので、切ないとかは感じないかな。
本当に三角関係だった?
そこも曖昧。
もやもやが残った。
形容し難い感情
スランプに陥った詩人が美しい青年セユンと出会って、次第に心惹かれるも、その感情が何なのかわからずに悩み葛藤する物語だった。詩人の妻、詩人、セユンの関係性が、単なる恋愛感情だけでは括られなさそうな描かれ方をされているのが良かった。「人にはどんな時でもそばにいてくれる人間が一人必要だ」という詩人の言葉は、きっと発した時はセユンを慰めるために言ったのだと思うが、同時に自分に対してセユンが必要であると無意識に言っていたのではと感じた。最後の場面で、一緒に行こうと言うセユンの誘いを断り家に帰るが、その後涙を流す詩人と詩人がくれたお金で新しい土地に降り立つセユンの場面が差し込まれており、二人のそれぞれの未来が垣間見えた気がした。
ドーナツ
済州島を舞台に売れない詩人とドーナツ屋店員とのプラトニックな関係を描いた異色のヒューマンドラマ。詩人は青年が店のトイレで女性客とセックスしている場面を目撃して勃起、その直後に産婦人科で精子のサンプル採取に臨み大量に出たと妊活中の妻に喜ばれることになる。この妻のデリカシーの無さが夫婦関係の破綻の一因だった気がした。
前半では詩人が一方的に青年に好意を寄せ、寝たきりの父親のために床ズレマットや食品を差し入れしたりする。ここからエスカレートしてフィジカルな接触に至るのでは、と思いながら観ていたがそうはならなかった。そもそも詩人はゲイではない。青年への好意は本来の優しさから来ていたように思えたし、青年の方も年上の人の厚意に甘えていただけに見えた。しかし世間や妻は色眼鏡で二人を見てしまい、詩人はゲイの烙印を押されてしまう。青年の父親が病死したことをきっかけに詩人の優しさは常軌を逸してしまい、妻と別居したばかりか青年の面倒を見たいと本人に面と向かって言うほどになる。一度はついていきそうになった青年だがすぐに翻意、この心変わりは生まれてくる詩人の赤ん坊の事が不憫に思えたため・・・ラスト近くで青年はそういう風に述懐していた。つまり詩人同様、青年もまたプラトニックな好意を持ち合わせていたのだ。
ラストで詩人と青年は思いがけず再会する。
過去の非礼を詫びる青年に詩人は3000万ウォンの預金が引き出せるカードを渡す。しかし二人の関係が今の形から前進することも後退することもない。復縁した妻と赤ん坊の一歳を祝っている詩人の表情は穏やかだが寂しげでもあった。オムツを交換しようとした詩人は赤ん坊の顔にキスをする。このラストシーンを見ながらふと思った。ひょっとしたら詩人の青年に対する感情は父性愛という無償の愛だったのではないだろうか。詩人ならその感性を本来言葉で表現できるはずなのだが・・・それが出来ないことで本作は成立していたとも言える。
恋はしようと思ってできるものじゃないから
ヤン·イクチェンいい!
あのぼやーっとした半開きの口。
でもその頭の中からは綺麗な言葉が紡ぎ出されてくる。
詩人って頭の中を覗き見られてしまうような本当に恥ずかしい仕事。私にはできないなぁ。
詩人がドーナツ屋のお兄さんに恋をする必然を、もっと私にも納得できるような素敵なキュンキュンショットで示して欲しかった。
ちょっと理解できないのはほとんど稼ぎの無い詩人が大金を銀行に預けてたって事。
あのお金はどこからきたの?
でもそんな事はさておき、「こんな映画が見たかった」と思える胸が少しきゅーんとする映画でした。
うーーーむ、見る人によっては結末の印象が変わる
予告編を観ていたら「おじさんと若者のBLもの?」
って思い、BL系が苦手なのでどうしよっかな?と思いつつも
気になって鑑賞。
いやいや、想定とは異なるお話でした。
(所詮、素人の想定なんてハズれるものなんです(笑))
甘いものが好きな売れない詩人。
自然を対象とした詩ばかり書く。(書けない?)
愛情は空っぽ(に、なってしまった過去がありそうな?)っぽい。
何かがあって「愛情」には諦めのようなものを感じる・・・・。
その彼がある若者と出会い、まさに恋をしているような
熱情の行動に移していく。
家庭のことも二の次にするような熱情の根本が一体なんだったのか?を
考えてしまいます。
そういうラストなんですよね。
恋だったのか?それとも何かの手段だったのか?
最後に流す涙は、悲しみの涙なのか?後悔の涙なのか?
そこまで考えての作品かどうか?はわかりません。
ただ、捉えようによっては「純」にも「不純」にもなる物語だったなぁって
思います。
なんだろ?作品を素直に捉えられなくなりつつあるなぁ、僕(笑)
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