「幸せのある場所」モリのいる場所 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
幸せのある場所
熊谷守一。
日本画の大先生。
いつもながら恥ずかしい事に、名前を聞くのは初めて。
画の事はよく分からないが、数々の名作を残し、その功績を称えた美術館もある。
氏がひと度一筆取れば、それだけで大変な価値や名誉であり、遥々遠方からの訪問者も後を絶たない。
“画壇の仙人”とも呼ばれ、色んな意味でその名の通り。
偉人ではあるが、かなりの変人。
遠方から訪ねてきた人の為に看板に文字を書くが、全然違う文字を書いてしまう。朦朧してんのかい!
金や名声に無関心。
世の中の事にも無頓着。
服に食べ物を落としても、一人で拭けないくらい何も出来ない。
固いものを食べる時は必ず潰し、相手に汁がかかろうがお構いナシ。
髪はボサボサ、髭はボウボウ。
本当にその名の通り仙人のような世捨て人。
さらに驚きなのは、日々の生活ぶり。
毎日必ず出掛ける。
「行ってきます」と出掛けたその先は…
何と、自宅の庭!
氏は、晩年の約30年間、自宅の庭から一歩も外へ出なかった事で有名らしい。
変人で、今で言う引きこもり…?
勿論、ただそうではない。
庭は、草木が生い茂り、多くの小動物や昆虫が住み付いている。
そんな自然に触れ、小動物や昆虫の観察をするのが日課。
池に行こうとして辿り着けなかったり(極度の方向音痴…?)、蟻は真ん中の足から歩き出すというどーでもいい事を発見したりと、やはりの変人だが、それらを見つめる表情や眼差しは、真剣で穏やかで純真。
創作の源でもあり、自分の全て。
住宅街の中の自然の園とでも言うべき庭は風景も音も美しく、小さいが生命に満ち溢れている。
そんな大先生と、妻。連れ添いはもう50年以上!
老後を二人で仲良く…って感じではなく、我が道を行く夫を、妻が世話してる感じ。
奥さん、大変そう…。
でも、二人共、面と向かって言葉や態度には出さないが、相手の事を心底思いやっている。
妻は、この庭が夫の全てである事を誰よりも理解している。
夫は、これ以上外へ足を踏み出せば、またそれだけ妻に苦労をかけさせる。
何も語らずとも…。
夫婦の歩み、50年。
山﨑努と樹木希林。
共に長いキャリアを誇る大ベテランだが、意外にも共演はこれが初めて!
それだけでも一見の価値あり!
山﨑努は存在感と威厳たっぷりというより、お茶目でユーモラスで愛嬌あって、何処か可愛いらしい。
そして、未だに亡くなった事が信じられない樹木希林。今年遺した3本の作品の一つである本作は、これぞ樹木希林!と言うべき十八番の役柄。
最初で最後の共演。惜しくもあるが、巡り巡って初共演した唯一無二の作品に相応しい。
夫婦の家には、毎日のように誰かしら訪ねてくる。
ご近所さん、依頼者、先生を写真に撮るカメラマン、見ず知らずの人まで。
加瀬亮、光石研、青木祟高、吹越満、きたろう、三上博史ら実力派/個性派集う。
一見人付き合いも苦手そうな先生だが、風変わりでほっこりと、人と人の交流を描いている。
描かれるのは半生ではなく、晩年のとある1日。
なので、劇的な出来事は何も起こらない。唯一、自宅前のマンション建設問題だけ。
ゆったりと時が流れていく。
それだけでも人物像と営みを感じられるのは見事。
沖田修一監督らしいユルさや惚けた笑いも。
本当に何も起こらず、淡々と、最後も呆気ないくらい静かに終わる。
人によっては退屈な作風かもしれないが、この雰囲気、嫌いじゃない。
温かく、心地よく、しみじみと。
不器用で下手でもいい生き方、人々との交流、阿吽の夫婦関係…。
その営みに、幸あり。