「矛盾に満ちた孤独な魂」ガラスの城の約束 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
矛盾に満ちた孤独な魂
ブリー・ラーソンは「Room」と「キャプテン・マーベル」と本作品で観た。17歳から7年間に亘ってひとつの部屋に監禁され続けた女性、宇宙から来た無敵のヒーロー、そして理不尽な父親に幼年期から青年期に亘ってスポイルされ続けた本作品の主人公ジャネット・ウォールズと、シチュエーションもキャラクター設定も異なる3人のヒロインだが、何か共通した部分を感じる。
それは負けん気の強さというか、状況に負けない芯の頑丈さみたいなものである。骨太の女性とでも言えばいいのか、兎に角大抵のことにはへこたれそうにない印象がある。勿論ブリー・ラーソン自身の容貌や性格に起因するとは思うが、もしかしたらアメリカ人女性は皆、多かれ少なかれ芯が強いのかもしれない。いや、考えてみれば日本人女性だって弱くはない。思い返せば生まれてこの方、弱い女性にお目にかかったことがない(笑)。ということはブリー・ラーソンは女性の強さ逞しさを表現することに長けた女優ということになる。まあそうだろう。世の中に弱い女性などいないのだ。
ウッディ・ハレルソン演じる父親レックスは、被害妄想で独りよがりで無責任なアル中男である。演技がとんでもなくリアルで、あまりの酷い男ぶりに映画の前半は吐き気がしたほどである。ほとんどクズみたいなこの父親を、家族はどうしても捨てられない。その理由がエンディング近くまでわからなかった。
レックスの母親はインディアン風の容貌でレックスに輪をかけたようなクズ人間である。気に入らないことがあると初対面の無抵抗な孫も平気で殴る。悪い悪戯もしようとする。そのシーンを見てなるほどと思った。
幼い頃のレックスも母親から酷い仕打ちを受け続けたに違いない。おかげで大人になっても世の中がすべて人非人ばかりだと思い込んでいる。世の中を憎んでいると言ってもいい。世の中の価値観を否定し、自分の価値観だけで子供を育て家族に対峙する。しかしときに「ウォールズ家の人間は〜」などと封建的な価値観を使い分けたりする。主張は行き当たりばったりで思想として体系化されていないから整合性がない。要するにご都合主義である。
殴られて育った子供は、人を殴る人間に育つという。暴力に対する歯止めがないからだ。レックスも当然そういう人間である。しかし映画ではレックスが家族を殴るシーンは一度もなかった。
レックスにとって実家の思い出は辛く苦しいことばかりだ。だから過去を全力で否定する。中でも自分が受け続けた暴力はいの一番に否定する。そして自分の家族には絶対に暴力を振るわない。そのように心に決めたのではないだろうか。本来は暴力を振るう筈のメンタリティの持ち主が暴力を振るわないのは並大抵の努力ではない。レックスは家族に対してだけは暴力の衝動を押さえ込んでいたのである。
自分自身に内在する軋轢に耐えきれず、一方ではアルコールに溺れ、一方ではガラスの家の夢を語る。レックスには両方ともなくてはならない歯止めだった。そしてそのあたりを漠然と理解していたから、家族は荒くれ男のレックスの心の奥底にある優しさを感じ、彼を決して見捨てなかった。
弱ってベッドに横たわっているレックスを見るジャネットの慈愛に満ちた表情がすべてを物語る。家族第一主義ではない日本ではなかなか理解され難い作品かもしれないが、こんなふうに生きた男がいたということを力強く肯定する世界観は立派である。矛盾に満ちた自己の精神世界を彷徨い続けてきたレックスの孤独な魂は、愛する娘の慈悲の光に包まれて漸くやすらぎを得たのかもしれない。