「許されなくても信じられなくても」寝ても覚めても 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
許されなくても信じられなくても
上映時間5時間超えのインディーズ作品『ハッピーアワー』が高い評価を受けた濱口竜介監督の商業映画デビュー作。
『ハッピーアワー』はまだ未見でこれが初濱口作品となるが、その手腕には唸らずにはいられない。
繊細で、胸に突き刺さるほど痛々しくも、引き込まれる大人の恋愛ドラマ。
大阪で暮らす朝子は、不思議な佇まいの麦(ばく)と出会い、運命的な激しい恋に落ちる。が、ある日突然、朝子の前から麦は姿を消す…。
2年後、東京で働く朝子は、ある男性と出会う。その男性・亮介は、麦と瓜二つで…。
朝子は動揺する。
まあ、無理もない。
昔愛した人とそっくりの人。
でも、あの人じゃない。
当初は距離を置く。
が、ある事をきっかけに急接近する。
震災。
誰もが不安で、心細く、誰かの心配を気遣いながらさ迷う中、二人はお互いの無事を喜ぶかのように抱き合う。
確かに亮介は麦ではない。
でも今は、亮介に心惹かれている。
麦ではない亮介の事を。
付き合って5年。同棲もしている。
麦と付き合っていた時期より長く、深く。
そんな時朝子は、麦が世間で人気のモデルとして活躍している事を知る。
亮介に打ち明ける。きっかけを。
実は亮介は事情を知っていた。
朝子も朝子で複雑な心境だったろうが、それは亮介も。
朝子は自分ではなく、自分の外見に昔の恋人を求めたからなのではないか…?
自分が朝子の昔の恋人と瓜二つだから。
暫くは半信半疑であったろう。
が、今こうして朝子と付き合っていられるのは、そうだったから。
寧ろ、ラッキーな事ではないのか。
この時の亮介の大らかさ!
そう、亮介は優しいのだ。
麦は不思議でミステリアスだったが、亮介は一緒に居ると幸せを感じるほど優しいのだ。
亮介は、朝子が麦以上に自分の湖とを好きで居てくれていると信じている。
それは朝子とて同じ。
今は亮介が好き。堪らなく。
友達も居て、大阪時代の旧友も上京して来て、全てが充実している。
近くで麦が撮影をしている事を知った朝子は、直接会いは出来なかったが、麦への想いを断ち切った。
…筈だった。
戦慄に等しいくらいの突然か運命の残酷か、麦が朝子の前に現れる。
待っていた。一緒に行こう。麦は手を差し伸ばす。
朝子が取った行動は…。
瓜二つの男の間で揺れ動く女性の心を、不安定ながらもきめ細かく、先にも述べたが引き込ませる濱口監督の手腕は素晴らしい。
好青年とミステリアス、一人二役の東出昌大。時に演技力を叩かれる彼だが、いい作品と役に巡り会うと本当に化ける。
何処かふわふわしていて頼り無さげで、それでいて真っ直ぐ一本。唐田えりかも見事。
二人の周囲の人たちもいい味を出す。密かにご贔屓・山下リオは相変わらず魅力的だし、世話好きおばちゃん風の伊藤沙莉は辛口でシリアスな作品の中にユーモラスを加味。地方の知人のおじさん役の仲本工事などあまりに溶け込んでいて、気付かなかったほど。
これが言われる“濱口メソッド”というものか…!
麦と再会した朝子が取った行動は、あまりにも酷い。
これまで育んできた愛や友情や信頼の全てを裏切ったも同然だ。
見てるこちらさえ理解に苦しむ。
何故、あちらを選ぶ…?
やはり人は、穏やかな愛より、運命的で劇的で激しい愛の方が忘れられないものなのか…?
しかし、再会して、逃避行に等しい旅の中で、考えが変わる。
朝子自身もずっと分からないままだったのではないか。
でも、再会して、はっきりと分かった。
麦じゃないと。
朝子は戻る。
が、幾ら優しい亮介とは言え、怒りが治まる筈は無い。
辛辣な言葉を浴びせる。
それは当然だろう。それほどの裏切りをしたのだから。
その果てに、今ははっきりと言える。
私は亮介が好きだ、と。
ラストシーンは、大阪に戻る事になった亮介が、大阪で朝子と暮らす筈だった家。そこから見える川。
下見の際、澄んで見えていた川が今は淀んで見える。
でも、綺麗。
許されなくても信じられなくても。
今は。いつかは…。