「執着を手放すということ」リズと青い鳥 kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
執着を手放すということ
現実と向かい合い、静かに痛みを抱えながらもやがて執着を手放していく希美・みぞれという2人の主人公。
本作は演出が圧倒的に高度で、凄みすら感じました。彼女たちの心境を、セリフに頼らずに後ずさる足、握りしめる手、一瞬の不協和音など静謐なタッチで描き切っております。それでいて劇中劇を用いて「手放す」というテーマもわかりやく提示しています。このように本作は地味ながらもポップで完成度の高い映画です。
本作鑑賞後、胸の奥底が激しく震え、なかなか立ち上がることができませんでした。
屈指の名作だと思います。
オーボエ担当の鎧塚みぞれはフルート担当の傘木希美にベッタリ。その姿は母親にしがみつく幼子のようです。みぞれはひとりで立つことができず、自らの翼に気づいていません。というか、希美と一体になりすぎていて、ひとりの人間であることにすら気づいていない様子です。
希美はみぞれに愛されていることをよくわかっていて、無意識的にみぞれを支配しているように見えます。希美との関係において、イニシアチブを握るのは常に希美であり、希美の望む距離で付き合っています。まるで子どもを自分の望むように動かす母親のように思えます。
みぞれは離れたくないし、希美は離したくない。まるで共依存の繭の中にこもっているようです。
しかし、そんな不健康な関係に楔を打つが如く侵入してきた「リズと青い鳥」という楽曲及び物語。リズが愛ゆえに青い鳥を鳥かごから放つ話は、2人の関係を大きく揺さぶります。2人のソロがこの物語のクライマックスを表現するので、2人はこの物語から逃れられない。自分たちの問題に向かい合うしかないのです。
本作のテーマは、執着を手放すことによる成長だと思われますが、逆かもしれないです。現実と向かい合う痛みにのたうち、でも向かい合うことで成長し、リズのように青い鳥を手放せるようになるのかな、なんて感じました。
そして、本作はこの成長痛をごまかすことなく、直球に残酷に、すなわちリアルに描いています。この誠実さが本作に映画としての強度を与えていると思います。説得力がハンパない。
特に、希美の痛みはかなり迫ってきました。彼女の場合、執着していた理想が打ち砕かれ、しかも自分の中に渦巻くみぞれの音楽的な才能への嫉妬というドス黒い感情、および一時的に部活を辞めたことで楽器のブランクを生んでしまった後悔と対決しなければなりませんでした。下手すればダークサイドに落ちたところですが、よく闘い抜いたな、と思います。
希美がリズで、みぞれが青い鳥という解釈は解りやすいですが、(演出的にもみぞれのシーンでは鳥が飛んでいて、希美の時は飛んでいないか飛んでいても空に視線がいかない)、その逆も真だと思います。みぞれの翼は見えますが、希美はそれが見えづらいです。でも、終幕近くの図書室のシーンから、希美は新しい世界で羽ばたいていくことが示唆されます。
また、リズと青い鳥は、ひとりの中にある物語とも言えるでしょう。希美(みぞれ)が、自分の中の青い鳥を解き放つ。それこそが執着を手放すことなのかもしれません。そういう意味で、リズと青い鳥の声優が同一人物で、子役という未成熟な存在であることは、かなり凄い演出なのでは、と感じています。
また、本作は希美・みぞれに焦点を当てていますが、所謂セカイ系ではないです。周囲の友人や先生との関わりが、彼女たちを成長させます。特にみぞれはそれが顕著でした。
希美しかいなかったみぞれの世界の扉を開いた後輩・梨々花(彼女のテーマ曲がアホっぽくて最高!)や、彼女の可能性を見抜き、新しい世界に導く新山先生。彼女たちと関わることでみぞれは少しずつ希美なしでも立てるようになるのです。
そして、2人を見守る同級生の夏紀と優子の存在も効いていると思います。あの2人が、希美とみぞれの関係が決定的に崩れないような守りになっている印象を受けました。特に夏紀は優しくて冷静なので、2人とも無意識的に頼っているんじゃないかな。
本作のラストは解釈がわかれているそうですが、まごう事なきハッピーエンドでしょう。初めて揃った2人の足並みがすべてを語っていると思います。もはや冒頭のような歪な関係ではありません。2人は自分の道を見定め、ひとりの人間として自分を生き始めた爽やかさに満ちています。
☆☆☆☆☆☆
余談ですが、本作はアニメ及び小説『響け!ユーフォニアム』シリーズのスピンオフ作品です。なので、アニメシリーズを見ていないと楽しめないかも、という憂慮を抱きやすいと思います。
しかし、響け〜シリーズの映画はどれも一見さんこそが楽しめる作りになっています。
(私も先行知識ゼロで前作にあたる総集編を観てわりとコアなファンになってしまった。夏紀推し。本作の夏紀も相変わらず最高、なかよし川のイチャイチャもそれなりにあり大満足)
おそらく、映画で新規ファン獲得を目指しているのでしょう。とても誠実な姿勢だと感じています。もちろん本作も先行知識は不要です。