裁きのレビュー・感想・評価
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インド社会の理不尽を鋭くえぐり出す
自殺をほのめかす歌っただけで逮捕されるという理不尽さから、表現の自由をテーマにしているかと思えば、それだけに留まらずインド社会全体の大きな矛盾点をたくさんあぶり出すような作品だった。老成した内容だが、監督はこの映画を撮った時にはまだ20代だというのが驚き。
カースト制の名残の残る社会、裁判の決定には階級、思想の違いが大いに反映されてしまう現実。裁判シーンと交互に挟まれる弁護士や、検事たちの日常のシーンにも、カースト制の残滓が見て取れる。
自殺するのは下水清掃人だが、カースト制時代には清掃人というのはダリト(不可触民)と呼ばれる、最下層階級の人が就く仕事だったらしい。不可触民というのは、触れてはいけない、姿を見ても、声を聞いてもいけない存在とした扱われたらしい。つまり社会に存在していないかのように扱われたのだ。
そういう男の自殺がインドの社会の理不尽を暴き出すという全体の構造が見事だ。
「インド映画好き」くらいでは理解しきれない
民族、信仰の違い、カースト、そして裁判制度、これらが絡んだ複雑な物語を形成していると思うが、インドの複雑さをそこまで深く理解しているわけではない自分には、内包されている「メッセージ」的なものは受け取れなかった。
カースト制度が今でも生きているとか、インド国内で使われる言語がたくさんあるからインド人同士でも言葉が通じないとか、そういった表面的なことは知っていても、その奥にあるものまではわからない。
例えば皮肉は、共通の常識があってこそ成り立つが、皮肉のように構成される本作を理解できるほどの「インドの常識」が自分にはないのだ。
一つ、自分でも分かることで気になったのは、カーストの一番下であろう亡くなった清掃員とその家族の生活が描写されなかったことだ。
本作に登場する全てと言っていい人物は、誰も亡くなった清掃員本人を気に留めない。亡くなった清掃員の妻でさえその様子はない。
警察や検察にとっては被告人を有罪にするための「道具」のようである。
人権弁護士も目の前の弁護しか見えていない。カーストによる差別を訴える講演をしたりしているが、目の前にある無意識の差別に気がついていないんだ。
今もどこかに亡くなった清掃員のような生活を強いられている人々がいる。にもかかわらず、裁判官も検察も弁護士も生活の中では自分の家族についてだけでそれ以上は何もない。
「物」のように意識の外に存在する、誰にも気にされることのない人々に気付く人はいないのだろうか。インドのカーストの根深さに怖さを感じる。
亡くなった清掃員の生活を見せて気付かせるのではなく、見せないことで皮肉のように気付かせる手法は、中々挑戦的だなと感心してしまう。
そして、そのような手法で全編紡がれているであろう本作は、ただのインド映画好きには少々ハードルが高かった。
それでもつまらないというわけでもない。物語のメインとなる裁判は、嫌でも気になるところだ。
なにせ、なんの罪なのか、なぜ罪なのか、曖昧なのだ。自殺教唆罪ならまだしも幇助は無理ないか?
いつまでも、歌ったかもしれない歌の内容を精査しないのも気になる。焦点はそんなところにないの?
そして、時間だけが無駄にどんどん経過していく。終いには長期休暇だとさ。
こういった気になるところは全部、皮肉として内容に反映されているんだろうな。それが分からない自分の力不足が悲しい。
あるがままの現実を
掘り下げるわけでもなく、否定も肯定もせずに、表舞台の法廷だけではなく、弁護士、検事の私生活も描く。
音楽もない、長回しで、どこに登場人物がいるのかやっとわかる。
弁護士が、被告人と検事のやりとりはヒンディー語か英語でと求めるが、被告はマラディー語が楽だと断る。
被告と弁護士が同じ言葉で喋れないと気づく。
何かよくわかないことも多い映画だったけれど、リアルなものをそのままに写していた。
インドの貧困層における現状浮き彫りに
ある老人の歌によって、自殺してしまった下水処理に従事した男性。この事件で、老人は、自殺を教唆したということで捕まる。インド社会の下層社会の現実が浮き彫りにされる作品である。私にとっては、非常に敷居というかハードルの高い映画であった。
まず、インドの司法制度を理解していなければいけない。インドの社会環境を理解していなければいけない。下水処理(清掃)していた男性は、なぜ自殺まで追い詰められなければいけなかったのか。インドという国を知り得なければ、この映画を十分自己消化して満足のいく評価するのは大変難しいと痛感した。と、いろいろ述べたが、インドの内情を理解するのは難しすぎて、不覚にもウトウトと寝てしまった。運が良いというべきか。亡くなった男の解剖所見が述べられている場面で目が覚めた。自殺者の日頃の仕事場を訴える場面で目が覚めた。その環境が大変劣悪であったこと。亡くなった男の解剖所見により、死因は自殺ではなく、○○○であることから、歌手の刑は妥当ではあるが、この映画では、下層社会の実態はあまりにも惨く、その不衛生である現状を、真正面から浮き彫りに描いている作品。
大きく心を揺さぶられました。傑作です。
今年観たアジア系映画では間違いなく一番。インド映画では「きっとうまくいく」以来の感動でした。
メッセージ性の強い詞を歌い歩く65歳の音楽家が自殺幇助の罪で逮捕され、その判決を巡って体制寄りだが、やり手の女性判事と、リベラルな人権擁護派の若手弁護士が法廷で争うというストーリー。
単なる法廷劇ではなく、裁判に関わる人間の私生活、インドの普通の人々の日々の生活や日常会話などがリアルに描かれて(自分は実際にインドには行ってないのであくまで想像ですが)いて、そういう点でもとても興味深いものでした。
また、インドの法廷、学校なども、日本や欧米のそれとは大きく異なるのもわかり、大いに勉強になりました。
個人的にはインド映画は苦手で、その大きな理由の一つが、皆んなで踊り歌うシーンがやたらと盛り込まれる点なのですが、この映画には一切そういうシーンはありません。それどころか、BGMも一切なし。
まるでドキュメンタリー映画のように淡々と物語が進行するだけです。それでも、ひと時も目を放すことはありませんでした。それだけ、脚本と演出が素晴らしいのです。
何の罪もない善良な一般市民が、政府から反体制思想家と疑いを掛けられたために不当に拘束され、社会的に抹殺されていく様が生々しく描かれています。
共謀罪が強行採決された昨今の日本でも、とても対岸の火事では無いと強く思いました。
これほど価値の高い映画にも拘らず、東京では渋谷ユーロスペースでの単館上映とは本当に勿体ない‼️
一人でも多くの皆さんに観ていただきたい映画です。
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