「捨て駒」女神の見えざる手 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
捨て駒
どんなに悲惨な銃乱射事件が起きても銃規制が遅々として進まないアメリカ。その理由の一つが毎年数百億円にも及ぶ政治献金を行う全米ライフル協会の存在だ。
まさに彼らは潤沢な資金をもって規制法案をロビイ活動でつぶしてきた。そんな圧倒的不利な状況下で敵に立ち向かうロビイストの姿を描く。
ロビイ活動とは敵の行動を常に予測し、自分の手を見せるのは敵が切り札を出した時である。
まるで将棋やチェスのような思考法で勝つことに異常なまでの執念を持つエリザベス。彼女は優秀なロビイストとして業界では名立たる実績を残してきた。
キャリアのために家庭はもたず、睡眠も取らず、常に精神刺激薬を手放せない。夜は金で買った男を抱く。
勝つためには手段を選ばず、身内を駒のように利用し、時には盗聴、ハッキングなどの違法行為も厭わない。
そんなダーティーな彼女にも一つの信念があった。それは自分が正しいと思う法案に対してだけロビイ活動をするということだ。
別に彼女は銃被害者ではない。だがどう考えてもいまの法律は間違っている。その信念があるからこそ彼女は常に全力で戦えるのだ。
法案賛成派議員への根回し、賛同する支援者集め、そして規制賛成世論の形成と多方面にわたり抜け目なく、戦略的にこなしてゆく。
そんな彼女に対して古巣のロビイ会社はかつての彼女の右腕やマスコミを使って彼女を陥れようと画策する。
ついに倫理規定違反の疑いで聴聞会に呼ばれた彼女は窮地に立たされる。そして相手側から切り札である有罪の証拠を突き付けられたとき、彼女は奥の手を出す。
形勢逆転、逆に不正を暴かれた法案反対派は大打撃を受け彼女は勝負に勝利した。自身の倫理規定違反の証拠と引き換えに。
彼女が使った手法はいわゆる将棋やチェスでいう捨て駒だった。自分の有罪証拠書類をあえて古巣に残し、敵がぼろを出すのを待った。案の定、敵は聴聞会で不正を働き、それに反応した世論の後押しで銃規制法案は可決される。
それは圧倒的不利な状況下での彼女の捨て身の戦法だった。自分のキャリアを犠牲にしてまでやり遂げるべきとの信念のもとでの賭けだった。
銃被害者のエズメを利用して傷つけ、その身に危険まで与えてしまった自分のやり方に限界を感じていた彼女。また自分自身こんな生活をいつまでも続けられるわけがない。そう悟ったからこその捨て身の戦法だったのかもしれない。
目的達成のためなら手段をいとわない、まさに女ダーティーハリーといったところか。違法な捜査で連続殺人犯を射殺したキャラハンがバッジを投げ捨てるがごとくエリザベスもキャリアを捨てて、このロビイ活動に勝利したのかもしれない。
中盤まではかなり面白く見れたが、ラストのどんでん返しのからくりは少々拍子抜けだった。右腕だった彼女の裏切りと見せておいて実は密偵として残していたというのは正直単純すぎた。また倫理規定違反の書類を見つけた敵側がぼろを出したのも少しご都合主義に思えた。敵側はあの証拠書類だけでも彼女を陥れることは可能だったわけだから。この辺が個人的にははまらなかったので少し評価は下がった。
ただ、ラストの彼女の言葉、命を失うくらいならキャリアを捨ててもいい。彼女は自分を捨て駒にしてでもキャリアのために勝利したかったのではない。キャリアを犠牲にしてでも銃規制法案を通したかったのだ。
これは作り手の痛切なメッセージなのだろう。
今もアメリカのどこかで銃声が鳴り響いている。