ビジランテ : インタビュー
大森南朋×鈴木浩介×桐谷健太、凍てつく深谷の地で発した役者としての衝動
凍てつく空気を可視化したような夜、必死の形相で川を行く3兄弟、彼らをひとり、またひとりと自らの監視下へと引き戻していく粗暴な父――ファーストショットからただならぬ予感に満ちた入江悠監督最新作「ビジランテ」。トリプル主演として撮影に参加した大森南朋、鈴木浩介、桐谷健太は、役を演じるという行為を投げ捨て、運命の悪循環によって破滅していく3兄弟を生き抜いていた。(取材・文/編集部、写真/堀弥生)
本作は、入江監督の地元である埼玉・深谷を舞台に紡ぐオリジナル作品。高校時代に失踪した長男・一郎(大森)、市議会議員で町の自警団団長でもある次男・二郎(鈴木)、デリヘル業雇われ店長の三男・三郎(桐谷)という神藤家の3兄弟が、憎んでいた父・武雄(菅田俊)の死をきっかけに再会する姿を通じ、地方都市の暗部を浮き彫りにする。
連続ドラマW「ふたがしら2」を経て、再び入江組に身を投じた大森。正式なオファーを受ける前に本作の概要を聞いていたようだが、「最初に脚本を読んだ時に感じた印象は凶暴。ただ『これはどういうことなんだろう』と疑念を感じることもあった」という。「入江監督にとっては久々のオリジナル映画。まずはその作品に臨む気合に乗ったという部分はありました」と続けて、「深谷の地に3人で立った時の空気感が作用して映画が美しくなるという点は、監督は恐らくわかっていたのかもしれない」と完成した作品を目の当たりにし、当初の疑いが晴れたことを明かした。
鈴木にとって映画の現場は「ライアーゲーム 再生(リボーン)」以来のこと。「非常に重いし、後味の良い作品ではない。どういうテイストで臨めばいいのか…一言で言えば緊張していましたね。『僕でいいんですか?』と感じていて」と戸惑いを隠せなかったようだ。大森と共鳴するように、桐谷も「僕も脚本を読んで『わからない』というのが正直な感想だった。三郎という男がどんな人物なのか、どれだけ考えてもわからなくて」と話していたが、クランクイン間近、曇天模様の思考に光が差し込んだ。
桐谷「三郎の靴を履き、衣装をまとい、深谷の冷たい風を浴びた瞬間、何かがつかめたんです。一番最初に撮影する場所へたどり着くまでに触れた深谷の地が悲しく見えた。普段だったら冬のこういう場所って、センチメンタルで好きなんですけどね。(撮影現場に降り立った瞬間)三郎の歩き方、喋り方がわかったというか。それに入江監督とは同い年なんです。あまり役について聞くタイプではないですけど、今回は色々話せたことも大きいと思う」
物語は冒頭で描かれる幼少期の光景から始まり、一郎の失踪を経て、すぐに30年後の情景へと移り変わる。その長い年月は、最低限のヒントを配しながらも、観客の想像力を信じきる挑戦的な構成になっている。だが、役に扮する大森らにとっては、その身に宿した人物の人生に思いを馳せることは必須だろう。大森は絶望というキーワードを基に、父の暴力から逃れて堕落を極めた一郎の30年をイメージ。一方、鈴木は“見て見ぬふり”という姿勢が、長い物に巻かれた挙句、その呪縛を解くことができない二郎という人物を形成したと説く。
鈴木「目の前で起こったことを忘れようということではなく見て見ぬふりをして、今の状態にある。自分の意見は言わずに、人に流され、人のせいにして、言われた通りに生きてきたんだなって。臭いものにはふたをするし、見たくないものは見ない。だからこそ、一郎のことはシャットアウト。三郎ともできれば関わりたくない。(兄弟の絆を)たまにふっと思い出す瞬間もありますが、それも見ないようにする。そう考えました」
劇中では互いを必死に遠ざけようとする神藤三兄弟。だが、大森ら3人の絆は強固だ。真剣な眼差しで“見て見ぬふり”について語る鈴木に対して、桐谷は「普段の自分と似ているということだね?」と茶目っ気たっぷりにツッコみ。クスクスと笑う大森を横に、鈴木は「それは二郎と共通しているね。“鈴木浩介”という役者の生き方もそういう感じ(笑)」とジョークを飛ばしていた。
“兄”たちへ厚い信頼をにじませていた桐谷は「30年という月日をイメージで埋めていくこともありましたが、どちらかというと重視したのは三郎の性格。デリヘルで働いている女性たちにはみ出し者であるという同士のような感覚を抱いている」と話す一方で「一郎のことは常に頭の片隅にあったから、女性と2人で土手を歩く後ろ姿を見ただけで、運転していた車のブレーキをかけた」と説明した。桐谷が語る同シーンは、30年が経過していても、兄弟同士には目に見えない繋がりがあることを感じさせる印象的な光景だ。
本作の核となるのは、大森らが現場で発した衝動だろう。鈴木は、二郎が助けを求めてきた三郎を突き放すシーンを例に出し「決断を放棄して生きてきた男が、初めて選択をする。プランは何も練っていませんでした。まずは三郎を抱きしめ、目を見て話し、そこから感じたものを内から出した。行動の流れは台本に書かれていますが、その手前のエネルギーは、三郎からもらったもの」と振り返る。その言葉を受けて桐谷は「台本を読んだうえで『こう動く』と考える映画じゃなかった。その場に立って、南朋さんや浩介君を目の前にして、ようやく行動に移すというのが正しかった。演技が被さろうが、その瞬間に出たもので勝負ができたんです。本当にありがたい環境だった」と付け加えていた。
その衝動によるアクションを、さらに鋭敏化させたのは、底冷えする極寒の冬季という環境だ。「とにかく過酷」「雪国より寒い感じがあった」と口々に語ると、鈴木は大森の肌に触れるという演出について「触れると超冷たいんですよ。触ったら本当に殴られるんじゃないかって緊張感があった。あの環境だからこそ出てきた感覚です」と告白。成長した三兄弟が“原点”に立ち返り、川の中で大喧嘩を繰り広げるシーンは、言わずもがな一発撮りだったようで「体が動かなかった。冷たいというよりも痛い。自分の吐息が閉じて聞こえてくる感じでしたね」(桐谷)と述懐していた。
役を演じるという虚構を奪い去っていった極限の環境。「良いんです。それも含めて、この映画なんです。監督の意図でもあったのかなとも思いました」と大森が言葉を紡ぐと、桐谷は「(登場人物は)ある種、何かを封じ込めて生きてきた人たち。寒かろうが芝居に臨む役者とリンクする部分もあるのかもしれない。あの時期に撮って正解だったと思う」と同調する。捨て身で臨んだキャスト陣に支えられて完成した「ビジランテ」は、劇中の凍てつく寒さと相反するように、入江監督の熱き魂が燃え盛る渾身の1作となった。