アイリッシュマンのレビュー・感想・評価
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スコセッシ監督の犯罪映画の集大成
90年代の米国のとある高齢者施設。
そこで暮らすアイルランド系移民の息子フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)は、イタリアンマフィアの一員だった。
仲間になったキッカケは些細なことだった。
第二次世界大戦後、トラック運転手をしていたフランクは、トラックの故障で立ち寄った辺鄙なガスステーションでひとりの男に助けられる。
男は名前を名乗らず立ち去ったが、バファリーノファミリーのボス、ラッセル(ジョー・ペシ)だった。
その後、運搬していた牛肉を横流ししていたフランクは窃盗容疑で起訴されるが、彼を弁護したのがラッセルのいとこビル・バッファリーノ(レイ・ロマーノ)だった・・・
というところから始まる物語で、その後、フランクは全米トラック運転組合(チームスター)の委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)とも懇意になり、ずぶずぶの裏社会にまみれていく・・・
映画は、50年代から70年代までの30年間を中心に描かれていくが、フランク夫婦とラッセル夫婦が連れ立って結婚式に出席するための自動車旅行と、フランクが抜き差しならない状況になっていく様を交互に描いていく。
その語り口は、ゆったりとしていて、焦らない。
かつては、スタイリッシュで、どこか狂騒的なところも感じられたスコセッシ演出だったが、今回はこのゆったりとしたテンポがいい。
といっても、ワンシーン、ワンシーンのキレは流石。
言うまでもないが、音楽の使い方は抜群に上手い。
デ・ニーロ、ペシ、パチーノのベテラン俳優陣、いずれもいいが、ホッファ演じるパチーノのエキセントリックぶりに感服。
(そういえば、1990年代にホッファをジャック・ニコルソンを演じ、ダニー・デヴィートが監督した『ホッファ』という作品も観たが、こんな感じだったのだろうか・・・思い出せない。)
映画はその後、フランクと娘ペギー(成長したペギーをアンナ・パキンが演じている)との確執なども盛り込まれているが、そこのあたりはあまりウエットにならない程度に抑えられている。
3時間半の超長尺作品だけれど、それほど長く感じませんでしたが、最晩年になったフランクについてのエピローグはちょっと長いかなぁ。
「ドアをキッチリ閉めるな」
約3時間30分という長丁場で、自分の膀胱がどれだけ耐えられるだろうかと躊躇したが、意を決して鑑賞した。しかし、思いの外我慢できたのは今作品の作りが大いに影響されたのであろう。それ程集中力を切らさず観れたのは我ながら驚きである。
巨匠マーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロそしてアル・パチーノという映画界のレジェンド達が久々に重厚な内容を仕上げたのだが、マフィア映画とはいえ、抗争でのドンパチは余り無く、所謂暗殺ものの側面が多い。そしてこの辺りが馴染みがないのだが、1975年の元全米トラック運転組合委員長失踪事件に絡めたストーリーということ、そしてあのケネディ暗殺事件をも組み込んだ作りである。原作未読だが、実録モノとしての建付けで、コンビニで売っている『ナックルズ』的要素も匂う。
一人の男の特異な運命を丁寧にそして執拗に描く作りは最近の映画では行なわれにくく、ネットフリックス作品だからこそ可能な内容なのだろうと頷ける。
鑑賞していると色々と疑問が湧いてくる内容でもある。それは今作品のディテールに対してというより、そもそも作中のエクスキューズが一般的に説明し得ているのであろうかということ。例えば、大戦中の捕虜殺害の任務をこなす内に倫理観が麻痺してしまうことは、理由としては納得するのだが、大戦中は世界中で人類は殺人を行なった筈で経験者は皆そういう病理に侵されてしまっていたのだろうか? そこがこの主人公の根源になっているのではないだろうかとしみじみ感慨に耽ってしまうのだ。その麻痺故、最後迄娘とは打ち解けぬ儘であるし、逆にカリスマ性を帯びたホッファに対する娘の信用度の高さの比較とを効果的に折込ながら、しかし結局この二人の違いは何なのだろうかと思考が巡ってしまうのである。陰と陽と一言で言ってしまえば簡単だが、人間としてはどちらもまともではなく度が行き過ぎなのは誰の目が見ても明らかだ。だからこそ恨まれたり逆に信頼されたり、周りの影響力の圧が高い。こういうタイプは今ではワイドショーの格好の餌食にされるのだろうが、実際こういう人達の周りにいれば遠心力の強力さに恐れ戦く以外無い。自分も経験があるだけにそれが痛い程理解出来る。今作品は殺人という法の外側の話なのだが、そこまでではないがしかし人としての限度を超えた感覚の持主は実際に存在し、そんな“台風の目”は日夜周りを脅かしながら続いていく。そして、今作の意義である、そういう人種も又等しく年老いて朽ち果てるという“盛者必衰”をもきちんと描いているところが興味深く、集中力を切らせない作りなのであろう。表題にもあるとおり、扉を閉めないのは、分かり合えない娘に対する赦しの乞いであろうか、それとも心から信頼を分かち合った男を殺した贖罪なのか、神への縋りなのか、全ての関係者がこの世から消え、独りぼっちになった主人公の人生の終末を冷徹な視点で表現せしめた巨匠の凄腕に敬服である。
何が言いたい?
前半1950年代の米国のトラック運転手組合での権力構想、後半 家族との断絶。前半後半 つながりもなく だらだらと長い。
ホフマン主演なので観たが、ホフマンの良さも感じられない。
配信動画向き
率直な感想としてはやはり長すぎる。大きな展開があったり、派手なアクションがあるわけではないので視覚的にも脳的にも落ち着いて見られる。
その為、少しでもストーリーに退屈に感じてしまうと時間の長さを感じてしまうような気がする。
フランクが幾度となく、射殺するシーンがあるのだが動きがとにかく遅い。よくそれで仕留めることができるなと。
まぁアクション映画ではないから仕方がないことなんだけど、贔屓目なしに遅いのは違和感を覚えた。
やはりこの作品は配信動画向きだなと改めて思った。
ある程度このジャンルの作品に見慣れてる必要ももちろんあるが、集中して一気に見るのもいいが、分断してみるのもまたいいのではないか。
何か伏線が張り巡られて1分1秒見逃せないという映画ではない為、分断した見方をしてもより楽しめる気がする。
良くも悪くも大衆的な作品ではないため、もしスクリーンでみる予定があるならある程度準備と覚悟は必要かもしれない。ラフな感じで足を運ぶと退屈さを感じストレスになるかもしれない。
敬意と威信
精肉トラック運転手だったフランク・シーマンがラッセル・バッファリーノと出会いペンキ塗りの仕事をする様になって行くと共に、全米トラック運転組合「チームスター」リーダーのジミー・ホッファとも連んで行く話。
年老いたフランクが過去を語る形式で、1975年にラッセルと結婚式に向かう旅を遡りつつ、更にそこから派生して二人の出会いからいままでのことを並行してみせていく。
3人の話が軸で進行していくが、ラッセルはそもそもマフィアであるけれど、フランク=アイリッシュマンはトラック運転手からバイトでミスってのペンキ塗り、ジミーは「チームスター」のリーダーであり、そこの利権に纏わるストーリーがドロドロと展開していく。
シリアスでヒリヒリした会話劇が主ではあるけれど、ジミーの口撃の荒ぶりっぷりは笑ってしまう程。
その中で疎ましがられるジミーに対するフランクやラッセルの情と割り切りが哀しく男臭く響いた。
墓場まで持っていく秘密がございます
スコセッシ、デニーロ、ペシ、リオッタはいませんが
不足無しのパチーノが入って
これはもうさながら
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・グッドフェローズ
でございます
200分以上の尺ながら回想録のように折り重なった
エピソード、人物を入れながら複雑にならないのは
さすがです
何より目を惹くのは登場キャラの各年代における「老け」
かなり細かくメイキングされており、で今って
どんな感じの相貌なんだっけと思ってしまうほどの
変化を見せます
ジョー・ペシも誰だか判んないくらい老けます
そのおかげで前述しためまぐるしく入れ替わる
今写ってる年代をそこから把握できるのは
見事です
内容自体は至ってテーマらしい展開
アル・パチーノも演説キャラ全開です
ただいい年になったパチーノを見るに
年代的にトニー・モンタナ裏で活躍してた頃かなとか
考えるとちょっと面白い
大手が飛びつきそうな企画をもう
ネトフリのようなサブスクリプションメディアが
おカネ出して作らせるようになったんだなと
改めて思わされました
上映時間に身構えてしまいますが
個人的にはITよりずっとさらっと観れました
おすすめしたいです
牧歌的な非情さ
犯罪社会をどこか牧歌的な日常的として描いているのでリアルに感じた。そこに立ち現れる人間臭さが面白かった。地元の顔役がヤクザなのは世界共通。裏社会というだけあって表面上は見えないだけで、現実の人の営みという事を痛感させられる。ラストに主人公がドアをわずかに開けておいて欲しいと頼む。人間らしい世界に繋がりたいという思いが溢れるせつない場面だ。
スコセッシ作品はさすがだ。
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