「妻、母、そして女」北の桜守 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
妻、母、そして女
吉永小百合はその精神性そのものが訴えかけてくる稀有な女優である。そこにいるだけで周囲に熱を与え、気持ちを変えさせる。オードリー・ヘプバーン、イングリッド・バーグマンなど、大女優と呼ばれる人たちに共通の特性である。
吉永小百合の映画はいつも何かをしでかす道化者がいて、愛すべきそのキャラクターを温かく見守る吉永小百合というのがお決まりの構図になっているが、本作では、吉永小百合演じる主人公テツの気持ちが中心になって作品が展開する。
金儲け主義に凝り固まってしまった息子の精神が、崩壊していく母親の精神と寄り添うことで再び人の愛情を取り戻すのが物語の主眼である。
いつもと勝手の違う設定だが、流石に大女優は、次々に落ちていく記憶と思いもしないときに甦る記憶との間で、喜びと悲しみと淋しさと愛しさが洪水のように押し寄せる様子を見事に演じ切る。妻としての喜び、母としての息子たちへの愛情と責任感、そして女としての人生のすべてがひとりの女性の中で混沌としている様子が伝わり、そのありようが観客に迫ってくる。
戦後をこんな風に生きたひとりの無名の女性がいた。求めず、奢らず、決して怒らず、夫を愛し、夫の残した桜を愛し、息子たちを愛する。自分のことはいつも後回しだ。こういう精神性が世の中に存在しているということだけで、ホッとするし癒される。
吉永小百合がこの映画を全国を宣伝して回った理由は、今だけ、カネだけ、自分だけという現代人に、どうしてもこの映画を見てもらいたかったからだと思う。その気持ちに共感する。
コメントする