ジュラシック・ワールド 炎の王国のレビュー・感想・評価
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単なる娯楽作ではない。(ネタバレあり!)
明らかに、次の話の為に本作がある。普段の人間世界がジュラシックパークになってしまうという次の段階のための本作の設定であり、むしろ、よくここまで引っ張ってきてくれたことにこのシリーズのファンとして製作陣、スタッフには感謝します。いよいよこれからですね!
凶暴なインドラプトルの知性については、シリーズの最初から、恐竜は、とてつもなく素早く動き、人間の知性ほどではないにしろ、仲間内で感情を共有し、危険を察知したりする能力もあったはずだという設定になっていますので、この見た目も恐ろしいインドラプトルが、さらに知性を身につけてゆくと「猿の惑星」並みの人間社会を恐怖に陥れるジュラシックワールドが展開するに決まっています。(^^)
遺伝子工学というのは、つねに危険と隣り合わせであり、人間にとって有用な種を作ろうとしていても、どこかしらでコントロールできないことがつきまとっています。
しかし、人口知能の進歩も、アンドロイドの進歩も、遺伝子工学の進歩ももはや誰にも止められない段階に来ています。だからこそ、ゆっくりと、着実に物事を進める必要があります。
自分がクローンだと知らされ、肉親?や親しい乳母と次々に別れることになってしまったメイジーがとった行動も仕方のないことです。そこにボタンがあれば、押されてしまうのはドラマツルギー上ありうべきことなのです。
もっとも、あまりに簡単に押されてしまったことには、憤慨してもいいでしょう。パスワード入れるとか、指紋認証するとか。笑
メイジーがとった行動は、イーライへの反抗もあったと思いますが、イーライは、単に恐竜たちを金に替えようとしていただけで、その危険性はほぼ考えていなかった。考えていたとしても、むしろ金に換算して喜んでいた。金の亡者である。
これからの資産家は、単に金儲けだけではなく、包括的な環境問題と、テクノロジーが環境や社会や人体に及ぼす影響についてしっかり考えていかねばなりません。全てがつながっていることを自覚しなければ。
期待が大きすぎたのかな…
全体的にわざとらしいというかなんというか…一応今までのお約束は踏襲してる、もうピンチ!ってタイミングでRexyが乱入して助かるとことか。でも、なんか今回はやたら人間模様にスポットがあたって、恐竜映画が観たいわたしには中だるみに思えた。ホラー映画的脅かし方を恐竜でやる必要があるのかなぁ。あとロングウット家の設定が私にはバイオハザート5のスペンサー邸に見える
ヒドい脚本
退屈というより、内容を外しているというべきか。
●前評判が芳しくなかったので期待はしてなかった。しかし映画前半はサスペンスフルな演出やキャラクターの自然な芝居など、前作より格段に良かった。ジュラシックシリーズらしいアドベンチャーな展開に引き込まれ、これは前評判と違って面白い作品なのかと期待したけど、早々にトーンダウンしてしまった。
●中盤からは恐竜たちは檻に入れられ、ろくに活躍しない。人間だけしか話を進行していない。後半はただ1匹の恐竜と追いかけっこをするだけで話が全く広がらず退屈なだけだった。様々な強竜が出て、個性的な特性を見せるのがシリーズの醍醐味では?
●上記をふまえるとクライマックスが前半にきているような印象。
構成を逆にした方が良かったんじゃないか?火山が噴火する島から恐竜たちを救い、脱出するスペクタクルは後半に持ってくる方が盛り上がると思うし、悪人が画策し、恐竜をオークションする場面は前半でも組み替えが出来る気がする。
●舞台を島から金持ちの屋敷にしたのも内容を収縮させる原因だ。森や草原、滝や湖。大自然の中でこそ恐竜たちは大暴れ出来るし、様々な展開を生み出せる。今までにない発想にするため舞台を変えたのかもしれないが他に考えはなかったか?
●前作にも登場したが遺伝子操作による新種の恐竜は必要なのか?観客が求めるのは見たことのない恐竜なのであって、おとぎ話のドラゴンやグレムリンではないと思うが。
●クローンの少女は全く意味のない設定だ。話の内容に全く貢献していない。遺伝子操作技術への啓発という面をこのシリーズは含んでいるが、あくまでジュラシックシリーズはアドベンチャー映画だ。
考え方を外しているとしか思えない。
そもそも毎回子供を登場させるのは、子供たちの恐竜への夢や憧憬を表現するため。子供キャラの使い方を間違えている。
●後味のよくないラスト。スター・ウォーズのようなシリーズ連続した人間ドラマを誰も求めていない。流行りのダークな娯楽は似合わない。一本一本、スカッとハッピーエンドにして欲しい。
前作はパークが開園したという設定でシリーズに新しい発想をもたらした。しかしパークが閉園してしまい、またも発想は振り出しに戻ってしまった。目を引く新しい内容を作るのは至難だと思う。
それでもラストで恐竜が逃げ出し世界中に散らばるのを予感させる先に、猿の惑星みたいな映画になったら目も当てられない。
ロスト・ダイナソー ハイブリッド・ワールド
今年は第1作目が公開されてから25周年。
衰えぬ人気を見せ付けメガヒットとなった『ジュラシック・ワールド』待望の続編で、シリーズ通算5作目。
再び、恐竜の世界へ!
今回かなり賛否両論になってるようだが、今回も上々。
と言うか、このシリーズの面白さ/楽しさはもう安定。
大スクリーンで見るティラノや恐竜たちへのワクワクは永遠。
そんな恐竜たちが襲い来るスリル。
映画史上屈指のエンターテイメント・シリーズ。
夏、劇場大スクリーンで見るにぴったり。
今回の話題の一つは、恐竜たちが棲む島の噴火。オーウェンやクレアらは恐竜たちを助けようと奔走する。
恐竜パニック×ディザスター・パニックという、まるで映画2本分!
迫り来る噴煙や溶岩のハラハラ、噴火の迫力は申し分ナシ。
『インポッシブル』で恐ろしいまでの津波のディザスター描写を見せてくれたJ・A・バヨナが手腕を奮う。
第1作目を彷彿させるシーンや演出も。
登場する恐竜の種類はシリーズ最多。
また、ジェフ・ゴールドブラムの当たり役、マルコム博士の復帰。
今回も話題や見所は尽きない。
楽しめたのは楽しめたのだが…、正直、前作ほどではなかったかなと。
前作は久し振りのシリーズ最新作という期待値の高さもあったし、それに今回は難点もちと多かった。
最初に上々と言っときながら不満点の方が多くなりそうだが、順々に。
えっと、まず、復帰が嬉しかったマルコム博士だが、出番は最初と最後だけ。もっと話に絡むのかと思ってた。
新たな登場人物の一人に、ある女の子。
この娘の母親は…? と同時に、少女の秘密。
確かにショッキングではあったが、何だか肩透かし。てっきりシリーズ縁の人物の娘、例えばハモンドの孫娘の子供と思ったら…。
一番の難点は、すでに多くの方が指摘してる通り、前半と後半の落差と言うか、作風の違い。
前半はスケールもスペクタクルも充分。
ところが、後半は…。
いや、後半だって悪くはない。
シリーズ永遠のテーマである人間の傲慢や過ちにより深く踏み込んでいるし、ある場所でのサスペンスはまるでホラーのように濃厚。
でも、前半と比べるとエンタメ性やスケールは格段にダウン。
この前半部分だけで一本の映画に出来る。
そして、それに拍車をかけるハイブリッド恐竜。
ハイブリッド恐竜はもういいよ…。
前作では久し振りのシリーズ最新作の目玉としてアリだったが、今回はもう完全な二番煎じ。
さらに致命的な事に、今回のハイブリッド新恐竜=インドラプトル、前作のインドミナス・レックスのDNAにヴェロキラプトルのブルーの知能を併せたより最凶な筈なのに、体格も小さくなってインドミナスのような暴れっぷりもあまり無くて、明らかにインパクトダウン。
最後はお決まりのようにこのハイブリッド恐竜が襲いかかるパターン化。
ハイブリッド恐竜の存在が、何だか恐竜映画というよりモンスター映画のよう。
これまで散々モンスター映画好きと言ってきながら今回否定するような事言ってるようだが、モンスター映画にはモンスター映画の魅力や醍醐味があり、恐竜映画には恐竜映画の魅力や醍醐味がある。
劇中の人間の過ちさながら、それらを混合してはならない。
ドラマ部分は弱い点となかなか悪くない点が見受けられた。
噴火から恐竜を助けようと主人公たちに協力する財団に裏がある事なんて、子供でもすぐ分かる。
放棄され自然に返った島、恐竜狩り、恐竜の本土上陸などは『ロスト・ワールド』を彷彿させ、展開が何となく読めてしまう。
その一方、
オーウェンたちは再び島へ。あんなにワクワクするようなテーマパークだった島が荒れ放題に。パーク時代同様、変わらぬ惨事の歴史の繰り返し。
噴火から恐竜たちを助け出す。助けたいという気持ちは確かに分かる。
でも、果たしてそれは本当に正しいのか…?
恐竜たちはかつて自然の寿命を全うし、絶滅した。今また恐竜たちが絶滅しようとしている。
酷な言い方かもしれないが、生きるも死ぬも、自然の手に委ねるべきではないのか。
蘇った恐竜たちにもう一度、絶滅の苦しみを強いるのか。島に取り残されたブラキオサウルスが噴煙に呑み込まれるシーンに胸が痛くなった。
人間が勝手に恐竜を蘇らせ、そこにまた人間の手が加えられたら、それこそ人間の傲慢だ。
だから、恐竜で金儲けや生物兵器利用を目論む人間の醜いエゴがいつまでも続く。
第1作目で、印象的な名台詞がある。
「神は恐竜を創り、恐竜を滅ぼし、人間を創った。
人間は神を滅ぼし、恐竜を創った」
今回これに付け加えるなら、
「そして人間は尽きぬ欲にまみれ、同じ過ちを繰り返し、禁断の扉を開いた」
ラストは人によっては恐竜たちが新たな道へ歩み出したとも感じるが、個人的には、とんでもない事をしでかしたと思った。
本当にあれで良かったのか…?
禁断の扉を開け、解き放れた“恐竜の世界”は…?
…という訳で、2021年公開予定の第3作へ物語は続く。
何と言うか、話を散らかしてしまったと言うか、次でちゃんと話の収拾を付けてくれるのだろうか。
また更なる最凶ハイブリッド恐竜が登場して(しかも今度は翼竜のDNAで空を飛び、怪光線まで吐き)、オーウェンやブルーやT-レックスらが立ち向かうなんて話にまたなったら、もういいや…。
次は原点回帰、純粋に恐竜たちの魅力や恐竜たちへの感動、あのラストの後の恐竜たちの命運を描いて欲しいと切に求む。
ハラハラドキドキ
シリーズ最大の駄作とか言われているらしいけど、私は普通に面白かったけどな。
ただ、確かに今までのシリーズと比べてしまえば、舞台のスケールが屋敷内という小さくなったことは否めないが、ハラハラドキドキしました。
ベッドに隠れているところをそーっと襲ってこようとするとこのリズム感なんかは、ホラー映画を観ている感覚。ラストは「猿の惑星」を彷彿させるものを感じたが、次の方向性はそうなっていくのか?
期待しないで観た方が良い
正直、前作と比べると ハラハラドキドキ感は皆無。
島を脱出するまでの展開は良かったけど、アメリカの地に降り立ってからは、正直面白くなかった。
人間の手によって恐竜を生み出すことが本当に正しかったのか?人間のエゴではないか?と云うテーマを常に抱えながら、このシリーズは続いて来たけれど、ここに来て遂に人間のクローンまで生み出した?!的な展開に。
倫理観をまるで無視したかの様な流れに、少々唖然としながらも観ていたら、最後はアメリカの街に恐竜を放つという、荒唐無稽ぶり。
人間が生み出したのならば、可哀想ではあるけれど、その生命を断つことで事態を収束させるのもまた人間の責任なのではないのかなと思ってしまった。
まー、続編ありきのエンドにしたかったのかも知れないけれど…。
押すの?
命だからって押したらダメだろ
ペット捨てるなら、殺せ
生態系が崩れるだろ?
飼い主なら、最期まで見てやるのが一番のはず
ま、銃社会のアメリカだし🇺🇸
大丈夫だと思ってるけど違うかな?
ハラハラドキドキ
冒頭からハラハラドキドキで期待度が上がる。
ジュラシック・ワールド閉鎖後3年の時が過ぎ島の中で生きる恐竜達に火山噴火の危機が迫る。
恐竜の生存に関し自然に任せる方向で検討される中、恐竜保護団体のクレアの元に恐竜を救出しようと力を貸す人物が現れた。
クレア達はオーウェンと共に島へ向かいヴェロキラプトルのブルーを探す。
人とコミュニケーションが取れる恐竜のブルーをウー博士は兵器として利用しようと目論む。
島は溶岩が流れたちまち火山は噴火した。
次々と救出されて行く恐竜達だったが、島に取り残され船を見送る首長恐竜の哀しそうな鳴き声が切ない。
恐竜の救出や保護は全部嘘で恐竜オークションの為に運び込んだことを知り何とか阻止を試みるオーウェンとクレア。
恐竜兵器とも言えるハイブリッド恐竜までもがオークションで売買された。
ロックウッド邸の地下から脱走した恐竜がオークション会場で暴れ、ついにハイブリッド恐竜の檻が開く。
オーウェンとクレアはロックウッドの孫娘メイジーと一緒に恐竜から逃げる。
家の屋根に恐竜が…追い詰められたオーウェン達。
するとブルーがハイブリッド恐竜に飛び掛かりオーウェン達を助けてくれた。
研究所は水素ガスが発生し危険な状況。
クレアは恐竜達の檻を解錠したが施設の扉は解錠を断念した。
やはり見殺しか…と思った時、扉が開き恐竜達が一斉に走り出した。
扉を開けたのはメイジーだった。
ロックウッド氏の娘のクローンのメイジーは自分と同じ境遇の恐竜達にも命があると言い逃したのだ。
ブルーに一緒に行かないかと誘ってみたがブルーは森の中へ姿を消した。
恐竜達は世界中に散らばり最早共存するしか道は無いと言うラスト。
人類は愚かな生き物で、遺伝子操作や原子力、細菌兵器、環境汚染などなど自ら招いた災いを受け入れる他に生きる道は無い事に要約気づくのだ。
次回作への序章に過ぎない
お子様向けなので大人が評価するのも憚れますが観てしまったのでレビューご容赦。テクニカルな面では最高峰ですね、文句なし。
ただ相変わらず恐竜ビジネス派とロマン派の対立軸が中心で悪党役も変わり映えしないし肝心の恐竜は添え物感が拭えない。舞台を古城のような森のお屋敷に変えてブルーのエピソードと囚われのヒロインを加えたものの別の映画で見たような既視感がつきまとう。
本筋とは関係ないモササウルスサーフィンやT-REXライオンショットは予告篇向けのアイキャッチだったのか、次回作での放たれた恐竜たちの大暴れの伏線なのか、早くも次回作への期待がとまらない。
うーん
CGは良かった
でも不自然な点が多すぎ
火山島でオーウェンはいつ飛び降りてなぜ無事なのか。
船の中でブラキオサウルス?を見る時とかとにかく船の中でなぜバレない
あとオーウェンは恐竜の研究?してるのになぜ傭兵を4、5人倒せる。
あとみんな無傷すぎる。
あとブルーもいきなり出たけどこっちの味方なのねwもっとオーウェンを忘れてるみたいな展開があるかと思った。
あと女の子がクローンだったくだりはいるのか?
とその他もろもろ含めてうーんという感じ
まあ、これから面白くなると信じて次のジュラシックワールドも一応見るかな
ナウシカ
島の噴火で、恐竜も人間もなく一緒に逃げているシーン、
ああ、巨大隕石が落ちた時もこうやって皆で逃げたのだろう
私達のご先祖さまも、恐竜たちと一緒に...と思うと
すっかり馴染みの恐竜達に、さらに親近感というか「地球の仲間」的な一体感を感じた。
最後の一頭が溶岩に飲まれて消えてゆく場面は、偉大な種そのものの滅亡を象徴しており、純粋な悲しみから泣けて仕方なかった。
前作では銭ゲバにも思えた、クレアの気持ちを理解する。
先日観たディズニーの「モアナと伝説の海」を思い出す。
火山とは、自然とは畏怖すべきものだった。
船に恐竜を積み込むのは、ノアの方舟のモチーフと思う。
他にもいろんなジャンルや作品の影響を見い出せるけど、
少女の選択については、宮崎駿著風の谷のナウシカ漫画版の
クライマックスシーンが真っ先に思い浮かぶ。
あの少女はナウシカだった。インドミナスは巨神兵である。
恐竜たちは、私達旧人類なのだ。
命は既にあるのだから、どんな命であれ、人類がその是非を裁くことはできない。
そうなると恐竜は最早ただ面白がったり怖がるものではなく、私達自身となり
利用しようと企む者たちは共通の敵になる。
人類も恐竜も、命という点で平等な存在である、という道徳的なメッセージがある。
でも、さらに付け加えるなら、火山で消える恐竜をみて泣くように
自分たちの存亡さえ脅かしかねない、恐竜という種そのもののことを
自分たちそっちのけで心から思い、愛することができる。
命をかけて守ろうとし、失うことを知り悲しむことができる。
それが人間とその他の生物とを分ける、人間が他の種より神に近いことを示す唯一の証なのだという裏のメッセージも暗示されている。
ブルーは心を持ち、他者のために自分の命を忘れることができるから優れているのである。
なので、あの選択が元で人類が追い込まれて絶滅の危機に瀕することになったとしても
それでもいいのかもなと思う。人として一番マシな選択である。
「見殺しにできない」という選択自体が自然の、そして人間に宿った神の意思なのである。
科学と人間の奢りの話、壮大な命の話は、最近他にもたくさん作られているけれど
人の心に訴えるのはやっぱりスピルバーグが一番うまい。
彼の作品では子供は絶対死なず、片親がデフォだけど
親すっとばしてきた。
最初に母親の写真を見た時どう思ったか。
「これおかしくないか」と、うすうす気付いたのだろうか。
前日に、インコやふくろうなど鳥と遊べる場所へ行った。
鳥は好奇心が強い。さかんにコミュニケーションを取っている。
鳥の知能は非常に高い。
「鳥は頭が足りない」というイメージは、どこからもたらされたのだろうか。
恐竜オークション。陰謀論ではなく、ああいう武器商人は本当にいるんだろうなと思う。
メッセージ性の強さはシリーズ1
人間は遺伝子技術を発達させて恐竜のクローンを作りました。ところが慢心して注意を怠ったせいで大切な仲間を食べられたり、ラプトルから必死で逃げたりと、人間は恐竜から襲われるようになります。
でも結局は島の中でなんとかするのでした。
というのが今までのお話。なんとかしてきたからこそ、遺伝子操作に対する議論やその責任について語られることはあまり多くない。
今作は少し立場が違う。研究室でメイシーちゃんがひっそりと逃げている相手はラプトル?違う。人間だ。勝手に造られ生きていたら絶滅の危機に瀕し、周りでどんどん仲間が死んでいくのは恐竜。
それでも相変わらず人間の方は自分のわがままで動く。オーウェンに説得され泣く泣く恐竜を見殺しにすることを選ぶクレア。ここで終わっていたらこのレビューは書いてません。人が勝手に生み出したものを、被害が外に及ばないうちに無かったことにする。
ただ、果たしてそれは責任を取ったことになるのでしょうか?創り出したものは生命であり、ものではない。
突然開く扉、振り向くとボタンを押して「お前ら責任取れよ」と言わんばかりのメイシー。かっこいい。
今まで散々目をそらしてきた遺伝子操作に対する責任を取った結果、「人間社会」というkingdomは崩壊し恐竜と共存する社会が新たに生まれる。正直続編は作ってほしくない…
面白かったけど
初4dxで見させて頂きました。
前から次のジュラシックワールドは絶対4dxで見ようと決めていて、4dxで見て正解でした!(迫力がある)
今回の作品は悲しい・残酷なシーンが比較的多かった気がします。もっと楽しい部分もあって良かったのではないかなと思いました。
楽しかったけど
最初の3分で、もうすでにドキドキが始まり、最後は持っていたカーディガン越しにスクリーンを見るという、小心者の私。
映像美、音楽、ハラハラドキドキのストーリーと、娯楽映画として、うまく出来ていると思ったけど、最後のあの選択は、どうなんだ?ダメでしょ?と言いたくなる。
続編があると期待させる終わり方。
あの選択で、いったいどれだけの無関係な人が、犠牲になるのかと思うと、映画とはいえ、気になってしまった…。
次はスッキリ終わらせてほしい。
クライマックスが前半という映画
前作のような壮大な恐竜ワサワサ感というよりも、主人公(人間)と1匹の恐竜との逃げて戦ってがメインアクション。CMのようなアメリカ全土に恐竜が襲いまくるのを想像して見ると肩透かしに合う。観るなら4Dがオススメ。駄作だとか酷評するほどでは無いにしても、前作は超えられなかったかなぁ。ただの恐竜飼育員がトムクルーズ バリに何でも出来ちゃう男になっていたのが、ちょっと気になった。前半に興奮と涙のクライマックスがあり、そこからは尻つぼみします。
期待しないで観ればまあまあ。
ああ、ついにやっちまったか、、。
島から島に引越すだけかと思いきや。
大富豪の屋敷を逃げ回るだけ、、。
ここまでのシリーズで、どれだけ危険かを見せてきてたのに。
島だけの話が、次はラスベガスなんですね。
これで、毎年、夏休みになるといろんなところで、恐竜が暴れて、主人公が生き延びる映画が作れます。
”ジュラシック”シリーズ最大の駄作
はじめにお断りしておきますが、
ジュラシックシリーズはすべて劇場で観ていますし大好きです。
好きが故に今作の出来が看過できないので、長文ですがレビューさせていただきます。
(一作目の3D版は本当に”最高”の一言の尽きますので是非観てみてください!)
前作はまさに【みんなが見たかった】現代版ジュラシックパークの再建とお約束の崩壊劇のストーリーに、旧作に登場しなかった学術的に新しい恐竜や、完全に飼育/調教されて人間寄りの立ち位置の仲間のような恐竜、そして「人工」ならではの最強・最恐の恐竜という新基軸を持ち込めたからこそ、傑作という評判をかっさらうことができたのではないかと思います。
久々に前作が心底面白かったので、期待に胸を膨らませて劇場に足を運び、なんの目新しさもなく後味の悪さしか残らない物語の出来にガッカリしました。
こちらのレビューをざっと拝見してほとんど触れられていなかったのですが、この世に存在しなくてはならない「責任」という概念に一切語れられていない点が今作の最大の問題かつ決定的にリアリティに欠ける点だと思います。
終盤の(非常に重い出生の事実を抱えているとはいえ)年端もいかない少女の無謀かつ取り返しのつかないな行動を留めたり咎めるオトナという存在が一切介在しないのは、いくらパニック娯楽モノのフィクションとはいえご都合主義がすぎます。
初代「ジュラシック・パーク」の最大の魅力は、
リアリティのある世界観のパニック大脱出劇の中に「研究一筋で社会性のなかった考古学者が子供との交流を通じて一般的な”オトナ”の感情を知り、人として成長する」と言うヒューマンドラマが組み込めていた点にあり、
だからこそ子どもたちは単純に画面の中を縦横無尽に動き回る恐竜に純粋に感動し、大人たちは「こうやって私達もオトナになっていったんだよなぁ」と共感を持てるという作品としての広さがあり、万人が楽しめる作品になっていたのではないでしょうか。
ところが今作のオトナと呼べる年齢の登場人物たちは、ただ目の前の事象に流されるがまま無責任に行動し、そして最悪の結果として街中に恐竜たちが解き放たれて、
「ジュラシック・ワールドへようこそ」。
「は?」という感想しか出てきませんでした。
人間による生命の”操作”や”管理”の是非という要素はシリーズの根幹を成すテーマであり、途中まではよくこの物語に上手く絡めてきたのだなぁと関心して観ていましたが、人間がこの行為に対してどう責任を取るのか(取るべきなのか)という一番重要な事柄に一切触れる事なく物語が終わってしまい、観終わったあと非常に気分が悪かったです。
楽しみにしている映画はまったく事前情報を入れずに観に行くため、
三部作構想という事を知らずに観たが故の感想かも知れませんが、この適当に広げた大風呂敷を次作でどう回収するのか、期待せずに待ちたいと思います。
(余談ですがブルーちゃんの幼少期のお話は非常に可愛くて恐竜愛を深める良いシーンでしたので、彼女の次作での活躍には期待してます。。。笑)
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