「20世紀のアメリカ的な価値観が生まれた背景に驚く」ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
20世紀のアメリカ的な価値観が生まれた背景に驚く
食カルチャー視点、あるいはビジネス視点でも観ることができ、知識欲を刺激する、かなり興味深い作品になっている。
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2015)でアカデミー賞にノミネートされたマイケル・キートンが主演。キートンが演じるのは、世界的な外食チェーン、"マクドナルド"の創業者レイ・クロック。
実は"マクドナルド"は、マックとディックのマクドナルド兄弟がはじめた、カリフォルニア州のハンバーガーショップだったが、その新しいサービスとコンセプトに魅せられたレイ・クロックが、全米へのフランチャイズ化を兄弟に提案し、自ら展開する。しかしやがてマクドナルド兄弟と全面対決をして、乗っ取ってしまう話だ。
ビジネスマンの視点で観ると、本作は、本来の創業者であるマクドナルド兄弟を出し抜いてトップに登りつめる、印象の悪いサクセスストーリーである。
けれども、例えばレイ・クロックの著書「成功はゴミ箱の中に」は、ソフトバンクグループの孫正義社長の愛読書である。また映画の中でも出てくるレイ・クロックが日常的に聞いていたレコード「積極的考え方の力(Power of Positive Thinking)」は、ノーマン・ヴィンセント・ピールが録音したもの。ノーマンの著書は、今で言うところの自己啓発本の元祖で、トランプ米国大統領が傾倒する人物だったりもする。ビジネスで勝ち続ける男の横顔が見えてくる。
マクドナルド兄弟から、"マクドナルド"という看板を買収することに執念を燃やしたレイ・クロックが、店名はファミリー客にウケる"マクドナルド"という発音でなければならないと語る。これがまた面白い。
それはアメリカ人なら誰でも知っている、「Old MacDonald Had a Farm」(マクドナルドおじさんの農場)という唄に基づいている。"♪ E-I-E-I-O(イーアイ、イーアイ、オー)"で有名な、日本では「楽しい牧場」というタイトルでマクドナルドおじさんではなく"♪ 一郎さんの牧場で~"で知られている。
"一郎さん=マクドナルド"というくらい普遍的な名前である。この親しみある魔法の言葉"マクドナルド"がチェーン店をナンバーワンに押し上げた。
映画の冒頭で、レイ・クロックが初めてのマクドナルドの商品に戸惑うシーンも印象的だ。
"皿"も"フォーク"も"ナイフ"もない。紙で包まれたハンバーガーを手で食べるというスタイルは、当時のアメリカ人にも斬新すぎた。マクドナルド兄弟が発明したメニューは、自動車メーカーのフォードが発明した大量生産のフォード方式を、レストランに発展活用させた"ファストフード"の誕生だったのだ。
共通パーツ(材料)で単一化された商品を大量生産して、一様に全国に拡大していくという20世紀のアメリカ的な価値観、"ファストフード"や"チェーン店"は、日本においてもあらゆる飲食店を淘汰してしまった。日本全国どの駅に降りても、スターバックスをはじめとする同名チェーン店が軒を連ねる。それは"マクドナルド"からはじまった功罪なのである。
21世紀に入って、必ずしもマクドナルド方式が支持されているわけではなくなった。とはいえ、全世界で年15億食を提供するメジャー外食チェーンである。
この実話、いままで映画化されていなかったのが不思議なくらい。20世紀のアメリカ的な価値観を代表する出来事なのだ。
(2017/7/30 /角川シネマ有楽町/ビスタ/字幕:松浦美奈)