ヒトラーへの285枚の葉書 : 映画評論・批評
2017年6月27日更新
2017年7月8日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
兵役で息子を失った夫婦の孤独な抵抗。映画化に至る経緯も奇跡的
“手”は口ほどに物を言う。フランスへの勝利に沸く1940年のドイツ・ベルリンで、愛する息子の戦死を知らされた職工とその妻。ブレンダン・グリーソンとエマ・トンプソンによる抑制の効いた演技は、セピア調の色合いで時代の雰囲気を伝える映像と相まって、熟成されたウイスキーのように芳醇な味わいだが、スイス出身のヴァンサン・ペレーズ監督はとりわけ“手の表情”をきめ細かに描く。悲しみに震える手。亡き息子の像を彫る手。そして、葉書に告発文を書く手。
ナチスドイツへのレジスタンスを描く映画は数あれど、これほど孤独で、寡黙で、絶望的な抵抗がかつて語られただろうか。何しろ、ヒトラーと政権を批判し、抗うことを呼びかける文章を葉書に書きつづり、それを公共の建物など人目につくところに置く、それだけなのだ。見つかったら死刑確実のこの活動で、夫婦は黙々と葉書を置き続け、その数は実に285枚。市民から回収した葉書を手がかりに、ゲシュタポの警部(ダニエル・ブリュール)は犯人像を絞り込むが、ナチス高官からの屈辱的な仕打ちと理不尽な命令に、彼の心にも体制への疑念が芽生えていく。
実際に起きた「ハンペル事件」を記録したゲシュタポの文書は戦後、同国の作家ハンス・ファラダの手に渡る。事故と大病の後遺症、薬物依存、精神障害に心身を蝕まれていたファラダは、残るエネルギーをすべて注ぐかのように600ページに及ぶ「ベルリンに一人死す」を4週間足らずで書き上げ、その3カ月後に53歳で他界。1947年の出版から半世紀以上が過ぎ、ドイツ人の母を含めナチス政権下で過酷な体験をした親戚を多く持つペレーズ監督が映画化に動く。資金調達が難航するタイミングで、初の英訳版が出版され世界的ベストセラーに。これが後押しになり、ついに映画化が実現。職工の手から始まった小さな抵抗は、見えざる手が介在したかのように奇跡的な巡り合わせで、「ヒトラーへの285枚の葉書」につながったのだ。
思えばナチス式敬礼もまた、権力への服従を示す“手の表現”だ。終盤、ある集まりで周囲の全員がナチス式敬礼で右手を高々と掲げるなか、夫婦の手は動かない。この対照的な姿はふたりの孤高の魂を際立たせ、かくも雄弁な“手”の象徴性に改めて気づかせてくれる。
(高森郁哉)