「実は映像化がとてつもなく難しい作品。単調でありふれた印象をうまく回避している」羊と鋼の森 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
実は映像化がとてつもなく難しい作品。単調でありふれた印象をうまく回避している
天皇皇后両陛下が揃って試写を観た、"奇跡の映画"である。
そもそも天皇陛下が、公務で映画を観ることがほとんどない。公務で多忙であることと、特定の民間事業の宣伝になるという配慮もある。たまに見聞きする皇室の試写会ニュースは、美智子皇后おひとりか、皇太子殿下同妃両殿下、秋篠宮殿下とご家族である。
陛下おひとりでの鑑賞は、1999年に新藤兼人監督の「裸の島」(1960)、2011年に同じく新藤監督の引退映画 「一枚のハガキ」がある。新藤作品がお好き?
天皇皇后両陛下が揃ったのは、2作品しかない。"新大久保駅乗客転落事故"を題材にした日韓合作映画「あなたを忘れない」(2007/1/26)。意外にもこれが初なのである。そして、"三宅島全島避難"の家族を描いた「ロック わんこの島」(2011/8/12)である。つまり国際交流や国民感情に配慮されている。
ちなみに、鑑賞が幻となった映画「はやぶさ/HAYABUSA」(2011/9/5)もある(野田新内閣の任命式のため欠席)。この年、2011年は前述の「一枚のハガキ」、「ロック わんこの島」を合わせると3作品も予定されたことになる。"東日本大震災"に沈む国民感情に対して、娯楽の話題によって元気づけようとされたのか。陛下の配慮だとすると凄すぎる。
というわけで、両陛下が揃って鑑賞した作品「羊と鋼の森」は、ひじょうに珍しいということになる。純粋な音楽映画だからか。
本作はピアノ調律師として成長する青年と、それを囲む同僚・家族・ピアニストの話。主人公の外村を山崎賢人が演じている。"2016年・第13回本屋大賞"を受賞した宮下奈都の同名小説を原作とした、心やさしい映画である。
そもそもこの小説の素晴しさは、"音"を"文字"で表現するところにある。文章から"音"が見えてくるのだ。あらゆる叙情的表現や風景を比喩とした文章は秀逸で、いわゆる音楽評論や、オーディオ評論などで手垢のついた常套句は使われようもない。
しかし映画化となると、具体的な"音"も"画"も使える。しかもストーリーにはあまり大きな起伏がない分、単調でつまらない映画に堕ちてしまう可能性がある。逆説的だが実は映像化がとてつもなく難しい作品だ。
映像もネイチャー系のBGVアプローチなのでありきたりなのだが、そこを本作では、主人公のナレーション的なモノローグで補い、原作の持つ"文学的イマジネーション"を再現している。
そして選曲がいい。1曲1曲が登場人物の設定やエピソードに合わせており、調律の話とマッチさせている。またテーマ曲「The Dream of the Lambs」を久石譲が作曲して、辻井伸行が演奏している。
山﨑賢人は、すでに数多くの主演作を、いま旬の若手女優のほとんどと共演した、実質ナンバーワンである。昨年は、「斉木楠雄のψ難(さいなん)」(2017)で、コメディでも成功しているが、本作で山﨑賢人は新たな演技ステージに上がった。とくに特徴のないマジメな田舎青年役を抑えた演技で、ソツなくこなしている。
またピアニストを目指す双子姉妹を、東宝シンデレラの姉妹女優・上白石萌音と上白石萌歌が演じている。姉の萌音は、記録的な大ヒット作「君の名は。」(2016)の主人公の三葉を演じたり、「ちはやふる」(2016/2018)や「舞妓はレディ」(2014)などで活躍だが、実は妹のほうが、東宝シンデレラの"グランプリ"だったりする。タイムリーな姉妹役で、注目の初共演となっている。
(2018/6/8 /TOHOシネマズ日本橋/シネスコ)