「また船に乗ろう」マンチェスター・バイ・ザ・シー 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
また船に乗ろう
アメコミの映画化やシリーズ物やリブートが氾濫する今のハリウッドだが、ちゃんとこういう良質なヒューマン・ドラマが作られる事に安心する。
こういう作品こそが、ハリウッドの良心かもしれない。
辛く悲しい過去を背負った主人公、心の喪失、身内の死、再生、歩む新たな人生…。
描かれる題材やテーマは決して目新しく無くありふれているが、ケネス・ロナーガン監督の丹念な演出と脚本が素晴らしい。
現在と過去が交錯…と言うより、主人公がふとした瞬間に過去を思い出す。例えば我々も、ふとした瞬間ある瞬間に、過去の事(楽しかった事、悲しかった事、辛かった事…何でもいい)が脳裏によぎり、感傷に耽る時がある。その描かれ方が絶妙なのだ。
静かで淡々として、登場人物たちが何かしら悲しみを背負い、一見重苦しい作品のように思うが、会話の端々にユーモアを感じさせる。
サメのジョーク、甥っ子とその友人たちの『スタトレ』話、主人公と甥っ子のやり取り…。
我々も日常生活を送る中で、会話にユーモアを含ませる。真面目で辛気臭い会話ばかりじゃない。ユーモアがあって普通なのだ。
ケネス・ロナーガンの語り口は、誰だって経験する事経験した事、誰の身にも起こり得る事、何気ない姿を肌で感じるように描ききっている。
主人公リー。
昔は妻子が居て、亡き兄や甥っ子と船に乗って、親しい友人も沢山居て、明るくフレンドリーな男だったが、今は故郷を捨て、誰とも親しくなろうとはせず、暗い男に。
喜怒哀楽、複雑な内面や感情…。
ケイシー・アフレックが映画賞総なめも納得の名演。
甥っ子パトリック役のルーカス・ヘッジスも素晴らしい。
バンドやホッケーをやり、二人の女の子と交際している今時なイケメンだが、彼もまた繊細な面を持ち併せている。
これから楽しみな逸材!
リーの元妻ミシェル・ウィリアムズ、リーの亡き兄カイル・チャンドラーらも出番は少ないが、名アンサンブルを奏でている。
リーの過去。
それが語られる過去シーン挿入直前で分かった。
亡き兄の遺言でパトリックの後見人に。それを頑なに拒否。何故?
一応は昔あんなに可愛がっていた甥っ子、リーにも子供が。今の自分の生活や突然の事で拒否したのかもしれないが、ただそれだけじゃないものを感じた。何か、身内に関係ある悲劇があったのでは…?
リーの悲劇は過失だが、本人にとっては大罪であり、罰せられたい。だが、それは出来ず、その代わり、自らを自らで罰した。妻と別れ、故郷を去り、何もかも自分の人生を捨てるという罰を。
パトリックも何処か似ている。彼の場合、病死というごく自然なものだが、身内の死の悲劇という事では通じるものがある。
共に抱えた喪失、孤独…。
リーがまた故郷に戻り、亡き兄の家でパトリックと暮らしてくれたら…と、望む。
が、そう理想的に上手くいく訳でもないし、リーとパトリックの孤独な心が触れ合って温かな希望が…というお決まりのハートフルなものでもない。
しかし、冬の次には春が来る。
喪失からの再生、再出発。マンチェスターの海にも再び日が差し、その時はまた船に乗って…。