「2隻の舟は、近づきすぎるとうまく進めない。」マンチェスター・バイ・ザ・シー 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
2隻の舟は、近づきすぎるとうまく進めない。
それぞれに、心に傷を負った者同士(あぁ文字にしてしまうとなんて陳腐な表現)、長い人生の間のわずかの期間、すれ違うようにして並走し合う日々を描き、物語にも演出にも演技にも、過剰な説明や華美な装飾を加えずに、内なる情感だけを丁寧に丁寧に救い上げるようなそんな映画。主演のケイシー・アフレックもミシェル・ウィリアムズも若手ルーカス・ヘッジスも、派手な演技方法は一切用いておらず、寧ろ感情を押し殺すような演技を貫く。それでいて、情感を内に溜めて溜めてついに溜まり切らなくなって溢れ出たその一瞬のひとしずくを、3人とも見事に体現していて実にドラマティックだったし、本当に胸に響いた。坦々とした物語と静かな情感の積み重ねが、大きなうねりを生み出してドラマを揺るがしていく物語に、気づけば打ちのめされるほど感動していた。
まったく似ていないようで、とてもよく似たところのある、しかしやっぱりまったく似ていない叔父と甥が、お互いを慰めるでも癒すでもなく、けれどもお互いがしっかりとお互いを視界の端っこで見つめ合っているようなそんな関係。
べったりと寄り添うような真似はせず、飄々とした態度を取りながらも、既にしっかりと傷跡を残してしまったそれぞれの過去の痛みや悲しみを引きずって、まるで心が追い付かないまま日々を送っているかのような二人。表面的な「再生」が慰めになるほど、それぞれの傷は浅くないのが伝わる。
だからこそエンディングは、二人が距離を置いて離れることで幕を引く。別れが寂しいとも言わない二人は、やっぱり飄々と拾ったボールを投げ合って、お互いの存在を確認し合う。
「そばにいること」の大切さは頻繁に語られるが、しかしこの二人は「そばにいないこと」をあえて選択する。誰かがそばにいるから傷が癒えるだなんて幻想でしかない。2隻の舟はあまりに近くを走りすぎると波を喰らって転覆してしまうもの。そんなことを見透かすかのようにして二人は離れる決断をし、まるで「ちょっと家族ごっこをしてみただけさ」と吐き捨てるかのように少しも感傷に浸らない。もしかしたら、このまま二人は二度と顔を見ることもないかもしれない。離れていくことを、悲しいでも寂しいでもなく、これもまた二人の船出なのだと言い切るところに、この映画の誠実さを見た気がした。