「ぜひとも、オリジナルのドラマを見てください。」打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
ぜひとも、オリジナルのドラマを見てください。
以下長文です。なんだかすみません。
原作のドラマ「打ち上げ花火 下から見るか?横から見るか?」は、私にとってとても大好きな作品で、毎年夏が来て、花火大会の頃になると見返したくなるほど思い入れのある作品。だからどうしてもオリジナルとの比較になってしまうが申し訳ないのだけれど、仮にそうでなかったとしても、あまりにもひどい出来なのは火を見るよりも明らかだと言わずにいられない。
そもそもどうして年齢を中学生にまで持ち上げてしまったのだろう?この物語は、小学生であることにもとても重大な意味があったと思うのだけれど、とりあえず制服を着せたかったのだろうか?
思春期に入る前の少年たちの夏休みの物語であることに意味があったと思うし、少し大人になりかけている少女と、まだまだ子どもの少年の組み合わせが活きた物語だったのに、中学生にしてしまうと、普通の青春初恋ストーリーみたいになってしまう(実際、そうしようという意図で年齢を上げた可能性大)。
打ち上げ花火が丸いか平べったいかなんて議論は、変声期前の少年が交わすから成立するのであって、成年の声優の声でなど聞いていられない(個人的にわたくし、安易に俳優が声優をやるのも好きではないけれど、それ以上に人気声優たちのあざとい演技も好きではない)。
小学生の夏休みの一ページに、打ち上げ花火を横から見るという、小学生にとっての大冒険の物語であり、しかしいつしかその冒険が意味をなさなくなりながら別の経験をするという物語だったのだ。小学生がひと夏で経験する冒険と、中学生がひと夏で経験する冒険では種類が違うというのに、どうしてそこに気づかずに愚鈍にも主人公を中学生にしてしまったか。
そもそも、大体にしてこの映画、挙げ出したらキリがないほどあらゆる部分が雑で破綻しまくり。印象的な美しい風景やら花火シーンだけは力を込めているのに、なずなの浴衣の柄なんて、袖も襟も縫い合わせも無視して上から貼り付けたみたいになっているから、動くたびに模様が不自然に移動して、まるでプロジェクションマッピングのようだし、中学生にしては不自然すぎる頭身には最初から違和感を覚えるし、必要以上になずなをセクシーに見せる演出にも寒気が走る(中学生にエロスを感じるような趣味はありません)。
確かに、原作でなずなを演じた奥菜恵は年齢の割にとても色っぽかったし大人っぽかった。でもあれは作ったものではなければ演出したものでもなく、当時少し大人びた少女の自然な姿であったし、わざわざ胸元をアップで撮る必要も着替えのシーンを盗み描くような必要もないことを岩井俊二はちゃんと弁えていたんだぞ。
少年がうしろから追いかけて追いつくスピードで走る電車もおかしいし、電車に向かって車から声をかける母親も(聞こえるかっーの)変だし、中学生の子供を殴りつけておいて置き去りにして帰る再婚相手も、突然電車内で「瑠璃色の地球」を歌いだすカオス(選曲もおかしい。あの曲は母性愛の歌であり人類愛の歌。アイドルの歌で「灯台の立つ岬」という歌詞が出てくるからというだけで選んだなら安易にもほどがある)も、何から何まで理解の範疇からはみ出していてついていけない。何なの?これ何なの?!
少年たちはスーパーファミコンをしているようだし、「観月ありさ」という原作と同じキーワードが出てくるあたり、時代背景は90年代初頭だと思われるのだけれど、少年たちは90年代には存在しなかった語尾上がりのセリフ回しを使うし、何より90年代の空気感がまったく漂わない。ノスタルジーがすべてではないけれど、この映画に関しては少年時代に対するノスタルジーもとても重大なスパイスになるべき要素。時代背景すらぐらついている。
ところであの不思議な玉は、つまり、もしもボックスか何かなの?ドラえもんなの?
オリジナルと違うのは構わないことだと思うし、オリジナルときちんと現代の感覚や感性に置き換えて新しく作り替えることは意義のあることだと思うのでそれを否定するつもりはない。けれどもこの映画の場合、少年たちの服のデザインとか典道となずなの身長差とかそういうどうでもいいような部分だけは律儀にオリジナルに忠実にしていながら、オリジナルが持つ決して侵してはならない部分を土足で侵し、ことごとくぶち壊しにしているようにしか見えないから辛い。
典道となずなのキスを描いてしまっては(示唆だけだったとは言え)ぶち壊しなのがどうして分からないのだろう?明確な告白をして抱き合ってはいけないのがどうして分からないのだろう?オリジナル作品が持っていた郷愁や、繊細な少年たちの心の機微や、日本人が子どもの頃に体験してきた(仮に経験していなくても、経験したような気がするような)夏の匂いといったものがまったく感じられず、あるのは見せかけだけ美しく飾り立てたあまりにも嘘くさい純愛だけ。そんな物語じゃないんです本来は!
というわけで、つい長くなってしまいました。この作品に関しては、原作ファンの立場として、どうしても許せない部分が多すぎるあまり、辛口の☆1.5にさせていただきます。すみません。
唯一この作品に感謝するのは、このアニメが生まれたことで、オリジナルのドラマに興味を持ってくれる人が出てくるかもしれないということ。それだけでも作品のファンとしては少しうれしい。もしかしたら時の流れに埋もれてこのまま忘れられる作品だったかもしれないところ、作品の命を少し延ばしてくれたと思うと、それに関しては有難いなぁと思う。
なので是非とも、オリジナルのドラマの方を見てください。90年代を生きた人はもちろんだけれど、そうでなくてもあのドラマが吸い込んだ懐かしい日本の夏の匂いと夏休みの風景は、きっと分かってもらえるんじゃないだろうか?