「見てて辛くなるのに、優しくて静かなラブストーリー」ムーンライト fall0さんの映画レビュー(感想・評価)
見てて辛くなるのに、優しくて静かなラブストーリー
よく考えるとものすごいラブストーリーなんだけど、ラブストーリーによくある浮き足立った幸福感とか切なさとか悲しさが全然無くて、「あ、これラブストーリーだったんだ…」ってじわじわ分かってくるタイプのやつ。
色が鮮やかで目に残る。カラフルではないんだけど、視覚から強い日差しとか暑さが伝わってくる感じ。黒人の肌がとても美しく撮られていて、ハッとする。ラストで、夜の海辺に立つリトルの肩甲骨がグッと浮き出てた背中とか月光を浴びて青く光る肌とかね。すごいきれい。
でもそれだけじゃなく、そういうインパクトあるシーン以外の何気無い会話のシーンでも、黒く光る肌やくっきりした白目や彫りの深い顔が、素敵な造形として映し出されてる。
最初のシャロンの印象、若干イラっとするほど暗い。追いかけ回されて隠れて怯えてたところにいかにも怖そうなおじさんが入ってきたら、まぁ警戒するよなと思ったけど、それにしても喋らない。ずっと俯いてる。なんだこの愛想も明るさもない子供は…と思う。
でも、ストーリーを追っていくとなぜシャロンがそうなのか分かる。貧困地区で有色人種でゲイでシングルマザーでネグレクトでドラッグに囲まれてていじめ受けててって、何重苦なんだよ、みたいな状況で、シャロンはそれに耐えられるようなタイプの人間では無い。
なぜかわからないけどハードモードな人生を送らされて、出会うものすべてに怯えながら口を噤んで生きるしかない。リトルがユアンと海で泳ぐシーンで、水面が画面の半分を埋めている描写、見ていてすごく息が苦しくなるんだけど、たぶんシャロンの状況はあんな感じ。泳ぎ方を初めて教えてくれたユアンは、人生の渡り方を指し示した存在でもあるんだよな。大人になったブラックが売人になったの、ユアンの人生をなぞっているような側面も感じる。
まぁそのユアンもただのいい人じゃなくて、リトルの母親にヤクを売ってる張本人ってところが業が深い…って感じなんだけど。
シャロンとケヴィンが海辺で話すシーン、大好き。
海辺に出るまでの石造りの道、ぽっかり広い海が見えてて泣ける程きれいなんだ…。
「風を感じて泣きたくなる」っていうケヴィンに「泣くの?」って食い気味に聞き返すのとか、「泣きすぎて自分が水になりそう」って言っちゃうのとか、もう言葉の端々から相手への好意が静かに伝わってくる。淡々と半分友達を装うように話してるのに、セリフが絶妙にロマンチックで、ここほんとセンスが良すぎる。砂糖入れすぎないのが却って甘さを強調してるの、ずるい。
三章で、シャロンに似てる人を見かけて、その人が、長く会ってなかった好きな人との再会の歌をジュークボックスで流したのを聞いて、シャロンに電話するっていう流れも、さりげない語りのくせにめちゃくちゃロマンチックだよなぁ。
母親との関係性の描き方も良い。ユアンの台詞は後の章でも度々示唆になるんだけど、嫌いだけど、離れてるとこいしくなる、縁が切れない、そういう距離感。
薬やるわ男呼ぶわ育児放棄するわ怒鳴りつけるわ金はたかるわ、そのくせ都合の良い時だけ母親面してシャロンの行動を制限する、最低の母親だけど、半分眠りながらふと悲しそうに愛情を言葉にするシーンなんかを見ると、人間の弱さとジレンマを感じてしまう。愛情はあるのに、自分を律することが出来ない為に子供をないがしろにしてしまう。悪い親であることに変わりはないけど、気の毒で心をえぐられる。
息子と離れて、養護施設(?)で暮らすようになった後は、自分の行なってきたことを見据えるだけの冷静さが生まれてて、「愛してくれなくて構わない。でも、私は愛していることを覚えていて」と伝える。そんな重いこと言われるの、それはそれで辛いよなぁと思うので、やっぱりこの女自分勝手だなと思うけど、シャロンにとっては(子供のころには叶わなかった)愛情を示されることも重要な筈なので、まぁよかったのかなとも思う。自分の息子に「誰か母親みたいな人に相談してみたら」って、自罰と懺悔と後悔に塗れた言葉だよな。
一章から三章までそれぞれ違う俳優さんがやってて、細くて小さくて目がくりっと大きな少年期、縦にひょろっと伸びていかにも繊細そうな青年期、目が鋭くて筋肉粒々の成人後と、もう容姿がてんでバラバラなので同一人物として結びつけるのに一瞬ためらうんだけど、ちょっとした仕草が同じなので見てるうちに馴染んでいくの、面白いなと思った。特に三章は若干ショッキングというか一周回って笑えるくらい変化が凄い。あんなに大人しげな男の子が超ムキムキでガラ悪いお兄さんになっちゃって、何がどうしたのって。
ユアンも子供の頃は小さかったって言ってたけど、まさか伏線だったとは…。
二章のラストで、ケヴィンに裏切られ、何かがキレたように顔つきや仕草が豹変したけど、振り返って改めてそのターニングポイントの強力さに驚かされる。
ケヴィンからしたら、自分の浅はかさがそこまでシャロンを変えてしまうなんて、重いだろうな。シャロンがドラッグを憎んでいるのを知ってるから尚更。
で、「俺に触れたのはお前だけだ」っていう台詞。あー!凄いラブストーリーっぽい台詞ー!そうだなー!少年時代からずっとシャロンはケヴィンを見てたものなー!これで二人がサラッと結ばれてサラッと終わるの、潔い。もうちょっと続きそうなのに、ここで終わる。余韻。
辛くて寂しいことの連続だったけど、ここからはちょっと変わるのかなとか、でもまた何かの切欠で裏切られるかもしれないなとか、色々なことを予感させる。
観た後、現実てまじつらいな…って憂鬱な気持ちになるんだけど、静かな映画なのに印象的なシーンが多く、凄く味わいがあって、好きだなぁと思う。
ぼあーっと感じていたことを見事に言語化されていて感嘆としました。素晴らしいレビューです!
> 砂糖入れすぎないのが却って甘さを強調してるの、ずるい。
ここいい!