「暗い海のような人生も黒い肌も月は青く照らす」ムーンライト everglazeさんの映画レビュー(感想・評価)
暗い海のような人生も黒い肌も月は青く照らす
一部の通りでは麻薬売買が横行する、そんな黒人居住者が大半を占めるコミュニティ内で、居場所が見つけられない黒人少年Chironがアイデンティティを模索する物語です。
1) Little 2) Chiron 3) Blackと題される3部作構成で彼の成長を追うのですが、2)は本名、1)と3)はあだ名です。
Chironは、恩人Juanからも、幼馴染のKevinからも、"Who is you?"と問われ続けます。わざわざタイトルを付けて話を区切っているのは、名前すら定まらない彼のアイデンティティの不安定さを表しているのかなと思いました。
麻薬に溺れる母親に戸惑い、学校ではイジメられる毎日で、どう行動すればよいか決めかねているのか、1)2)までの彼は終始うつむいてぼ〜っとして見えます。カメラも彼の視線のように、時折ピントがズレます。それが2)の最後から目つきに変化が現れます。いじめっ子への復讐を決意した時から、3)で手下の売人に売り上げを確認する時まで、別人のような眼差しでした。
しかし暴言を吐くこともない、おとなしい1)2)のChironは完全に消えたのではなく、3)で母親の謝罪に涙を流し、好きなKevinの前では昔のシャイな瞳が戻ります。
1)で幼いChironはJuanに諭されます。"At some point you've got to decide who (you) wanna be... Can't let nobody make that decision for you."
繰り返される "Who is you?" の問いに、劇中その答えは会話により、名前であったり、職業であったり、近況であったりするのですが、Chironの結論は最後Kevinに向かって語られます。"I'm me, man. Ain't trying to be nothing else." どんな人になりたいかではなく、もともと自分は自分なんだと。
母親は上機嫌の時、Chironに対して "You're my only. I'm your only." と愛情を伝えるのですが、Chironも"You're the only one (who touched me)." とKevinに告白します。
環境の波に流され漂流するかのごとく、「自分がいないかのように」生きてきたChironですが、Kevinへの想いだけは変わらず確かなものだったのです。Kevinの隣にようやく安らぎの居場所を見つけられたのです。こんなひっそりとした幸せでも、Juanに海で抱えられた時のように、世界の中心 "in the middle of the world" に辿り着いたような思いなのかも知れません。
悪いと思っていても生活のために麻薬を売ることで、自分と同じように不幸な境遇の家庭を作り出している。そこに苦悩するJuanのその後を描くべきだったようにも思いますが、Juanのこの姿はきっとChiron/Blackの将来なのでしょう。
どっぷり黒人文化と台詞を堪能しました。あんな短髪や短いヒゲも、くしやブラシでとかすとは知らなかった(^^)。やっぱり絡まりやすいのかしら?
まぁアカデミー賞で注目されなければ、ミニシアター上映か、最悪日本には上陸しなかったかも知れません。"La La Land"の方が間違いなく大衆向けです。易々と?夢を叶えるハリウッドおとぎ話よりも、"Lion"の遠いインドの路上を彷徨う孤児達よりも、アメリカに未だ残る現実を直視していることで選ばれたのでしょうか。