「笑ゥあくま」不能犯 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
笑ゥあくま
同名コミックを映画化したサスペンス・ミステリー。
奇抜な設定がなかなか面白い。
不可解な変死事件が多発。現場で度々目撃される黒スーツの男。
その男・宇相吹は、マインド・コントロールで人を死に至らしめる能力の持ち主だった…!
思い込みや幻覚などマインド・コントロールで人の心を操り、事故や自殺に見せかけて殺す。
そんな事、出来るんかい! 超能力かSFじゃん!…とツッコミたくなるが、そうとは限らない。
いつぞや『相棒』でこんな犯行があったのを見てて思い出した。
相手の目を隠し、首に切り傷を付け、そこから水を垂らし続け、血が延々と流れ出ていると思わせる。その“思い込み”によってショック死。
戦慄の実験や実例も報告されているという。
さらに質が悪い事に、これらは立証不可能。
確かにそれらを処罰する法律は無い。
絶対捕まらないと言うより、絶対捕まえられない男。
しかしこの宇相吹、サイコパスな愉快犯という訳ではない。
依頼があり、それを請け負う。
その依頼者というのが…、
世の人々たち。
アイツに死んで欲しい。アイツを殺して。…
世の中に満ちた歪み、憎悪…。
依頼は後を絶たない。
宇相吹のマインド・コントロールは背中のひと押しかもしれないが、きっかけは人の心の闇。
しかもその殺害依頼は、100%純粋じゃないと自分に跳ね返ってくる。
相手が死に、それを喜んだのも束の間、相手の真意を知り全てが誤解で、激しく悔やみ、自ら命を絶つ者がほとんど。
皆、自ら堕ちて行ったのだ。
立証不可能の犯行を劇中で“不能犯”と呼んでいる。
不能犯とは宇相吹の事より寧ろ、相手の死を望んだ哀しき人々の事なのかもしれない。
神出鬼没。不敵な冷笑と不気味な佇まい。
松坂桃李のダークな演技。
憎々しいと言うより、スマートで、何処か不思議な魅力を感じさせる。
彼を追う“男前”な女刑事に、沢尻エリカ。こういうハンサム・ウーマンな役柄は様になっている。
実力派が織り成す幾つかの事件。中でも、芦名星と真野恵里菜のある姉妹の事件は最も哀しい。
監督はホラーに手腕を奮う白石晃士。
サスペンス・ミステリーではあるが、所々のグロ描写やホラー風の演出はこの監督ならでは。
また、富貴晴美のオカルトチックな音楽が不穏なムードを盛り上げている。
なかなか面白かったが、難点も多かった。
まず、沢尻演じる多田には宇相吹のマインド・コントロールは利かない。何か彼女にもそれを跳ね返す能力があるのかと思いきや、特に何もナシ。ただ利かないってだけ。何故????
不可解な事件と哀しい人間模様はいいが、後半、多田と彼女が関わるある人物の本性が明らかになるのは衝撃の展開ではあるが、ちと蛇足。
また、不穏な雰囲気はいいが、全体的にテンポや緊迫感ももう一味欲しかった。
不能犯の男と女刑事の白黒付く攻防の結末を期待してる人にも最後は肩透かし。
採点は3・5でも良かったんだけど、ちょっとそれらが引っ掛かったので、3に。
まあでも、本作はエンタメ的な面白味より、単純に割り切れない人の善悪だろう。
宇相吹は自分の犯行を止めたいのならば、殺せと挑発する。
多田は非常手段として彼を殺して事件解決を誓うが…、実際彼を殺せる絶好の機会の場になった時、殺せなかった。
それでいいのだ。それが当たり前なのだ。それが人間なのだ。
本当に相手の死を望む人間などそうそう居やしない。
宇相吹に殺害依頼をし、破滅の道に堕ちて行った者たちも…。
しかし、そうではないほんの一部…。
悪しき心の闇に、毒を以て毒を制す。
だから宇相吹はこうも呼ばれている。
“ダーク・ヒーロー”と。
宇相吹は決してダーク・ヒーローなんかではない。
人の心を惑わせ、狂わせる、悪魔か何かのような存在。
彼は、ただの特殊な能力を持った人間か。人の心の闇が産んだ化身か。それとも、彼の登場シーンに必ずかかるオカルトチックな音楽や「愚かだね、人間は」という台詞から本当に…。
人の心の闇が消えない限り、この黒スーツの男は我々の前に現れる。